62:へへ、タダでいいんだ。
「で、では、此度の件、男爵家から一切の賠償金請求などなしということで?」
「えぇ。幸いにも、ゼナスへの被害はありませんでしたから」
オズワルド強襲から三日後、王都からフェアリー・ワイバーンが戻って来た。
もちろん、国王陛下からの書状も持って。
中身は『被害者である男爵にすべて任せる』とのこと。
当然父上殿は、レトン商業国に賠償金の請求はせず、謝罪も必要ないと言い切った。
まぁ賠償金請求なんてできるわけないんだよ。だってうちの国の役人も結託していたんだからさ。
そりゃあ、襲った盗賊たちはデリなんとかって元評議会議員の手下たちだけど、奴らがここを襲った時にはもう除籍させられていた人物だ。
そんな過去の経歴でいちいち文句言ったって仕方ない。
それよりも、ここで恩を売っておく方が得策だ。
「ではアスデローペ卿。岩塩の取引の件、よろしくお願いします」
「ディ、ディル殿……その……本当に、ほんっとうに、他の議員をご紹介しなければなりませんか?」
「え? 紹介してくださらないんですか?」
「わ、わたしとて商人です! わたしにお任せくださればっ」
「でも岩塩ですよ? この大陸では手に入らない、貴重なものなんです。できればベテラン商人にお願いしたいと思いまして。あ、アスデローペ卿が悪いとか信用できないとか、そう言っているんじゃないです。でも……まだお若いではありませんか」
と言っても、彼は四十歳だと先日聞いた。決して若くはない。
けど、評議会議員の中では最年少だ。
「熟練の商人さんだと、国内外あちこちに顔が利くでしょ? きっと大陸の方と取引できると思うんです。大陸中の人とね」
俺はわざと、大陸中と強調した。そうすることで彼が「是が非でも自分と取引してほしい!」と思うだろうから。
実際のところ、別に彼と取引してもいいんだ。
商業国家で、政を左右する決定権を持つ評議会議員。四十の若さで議員になったんだ、将来有望株なのは間違いない。ここで彼と横のつながりを持てるというのは、辺境にとって利益になるだろう。
でも、彼の地位や名声にすがって下手に見られるのは避けたい。だから彼から頭を下げてお願いされるぐらいじゃないと。
「わ、わたしとて国外の知人はいくらでもおりますっ。ですからどうか、このアスデローペと取引をっ」
「うぅん、どうしようかなぁ。採掘権利は絶対に譲りたくないし――チラ」
「もちろんです! わたしは岩塩を買い取らせていただくだけですっ」
「輸送費用を払えるほど、男爵家は裕福じゃないし――チラ」
「そんなもの、必要ありません! なに、砂漠の民との交易のついでに立ち寄れば、コストも抑えられるでしょう」
確かにそうだ。それに今の言葉で、後ろにいたキャロとリディアレーゼが安堵した。
これこそが、僕が彼に提案した取引のひとつ。
これからも砂漠の民との交易を続けること。いや、むしろこれまで以上に。
さらに、略奪行為に加担していないサルージ族は不問とすることも盛り込んでいる。
ひとつめはともかく、二つ目は自分の一存では決められないと言ったが、だったら今回の件を大陸中に公表するぞと脅しをかけておいた。
信用が第一。
それが商人というものだ。
大々的にこの件が公表されれば、商業国としての信用も地に落ちるだろう。
それを由とするか、否とするかはご自由に。
他にも、今後は砂漠を横断するのに通行料を払う契約と、今回の件でサルージ族以外の部族に迷惑料を支払うことを取引に盛り込んでいる。
が、実はこれ、回避できる契約でもあるんだよね。
これまでレトンは砂漠の民との取引に、運搬料を取っていたらしい。これを今後何十年とタダにすることでチャラにできる。
迷惑料に関しても、お金ではなく物での支払いも可能に。
例えば、在庫を抱えても待っている生活必需品があれば、それでもいいんだ。砂漠には何もない。なんでもありがたいものになるから。
豊作で採れ過ぎた穀物があれば、それもまた喜ばれるだろう。
砂漠の民の族長たちも、この件で納得してくれた。
商業国には嫌とは言わせないさ。
で、それはそれとして、岩塩の取引なんて今回の『取引』には含まれていない。
しかもこれは、彼――アスデローペ卿個人との駆け引きだからね。手は抜かないよ。
「辺境領ゼナスはこれから発展していくだろうけど、でも必要なのは今なんですよね。今」
「必要なものはござろうか! あればわたしがすぐに国へ帰り、用意してお持ちしますぞっ」
「え、本当ですか!? タダでくれるってことですよね?」
「へ? あ……え……くぅぅ。貿易船五隻! 五隻分の荷であれば、無償でご提供いたそう!!」
え……ちょっと悪ふざけで言ってみただけなんだけど。
へへ、タダでいいんだ。よぉし――。
「ディルムットが冗談を言っただけですよ、アスデローペ卿。もちろん、代金はお支払いします」
「だ、男爵殿。いや、一度言ったからには、男に二言なし! せめて三隻分は無償で提供させていただきたい」
そうだそうだ。父上殿、ここは好意に甘えるべきだ!
さりげなく二隻減らされたんだし、三隻分ぐらいいいじゃないか。
「そんな申し訳ない。うぅん……では一隻分だけ、頂戴するということではどうですか?」
「ち、父上!」
「むぅ……そこまで言うなら一隻で手を打ちましょう。なんともはや、欲のない御仁だ」
「はは。欲張り過ぎる人を、身近で見て育ちましたからね」
オズワルドのことだ。
はぁ。アレを反面教師にして、いい人に育っちゃうなんてなぁ。
父上殿らしい。
アスデローペ卿に頼んだのは、丸太やインゴットだ。
インゴットがあれば、俺の錬金魔法でいろんなものを作り出せる。掘削に必要な道具も自前できるから、材料さえあればいい。
「人間族とドワーフ族では、同じツルハシでも柄の長さを変えないといけないので、僕が自作した方が都合いいんです。魔法の練度もあがりますから」
「なるほど。いや、インゴットでよいのなら、その方が安上がりなのでこちらも助かりますわい」
次に彼が辺境のゼナスへやってくるのは半月後だ。それまでにあの砂漠と硬い地面の境界線あたりに、荷運びラインを用意しよう。大型のローラーコンベアを一直線に錬金して並べるだけの、簡単なヤツだけどね。
岩塩の取引はアスデローペ卿と独占、ではない。
まず、オルフォンス王国内はフィッチャーが独占する。アスデローペ卿はこの国の中では取引不可ということにした。
それから、質が劣る岩塩もフィッチャーが独占することに。
平民でも岩塩を手にできるよう、安価で提供する。
そして岩塩の味を知った平民は、それよりもっと質のいい岩塩に対して羨望するだろう。
より強く、明らかとなる憧れ。
貴族たちは平民が手を出せない、高級岩塩を楽しみ贅に浸るのだ。
平民から目に見えて羨ましがられる方が、貴族の承認欲求も満たされるはず。
「では、次に来るときにはお約束のものと――」
「取引契約書の方も、よろしくお願いしますね」
「もちろんですとも! ではディル殿。今後とも、御贔屓にしていただきたい」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
貿易船五隻分の資材タダは残念だったけど、若手評議会議員と懇意になったことは、辺境のゼナスとしては大収穫だ。




