58:公爵家のメイド。
時は少し遡って、ディルムットが砂漠の盗賊団、およびサルージ族の隠れ家を強襲したころ――。
「お嬢様っ。エヴァンゼリンお嬢様っ」
私、メリンダは由緒ある公爵家に仕えるメイド。
二年前からエヴァンゼリンお嬢様の専属メイドに配属され、お嬢様のお世話をさせていただいているの。
お嬢様は他のご令嬢ご令息と比べても、少し……いえ、かなり、ぽっちゃりとした体形でいらっしゃるわ。
でもそれもまた愛らしいし、お嬢様が望むならいくらでも美味しいものをご用意してあげたい。
それは私だけでなく、他のメイドや使用人、料理長も同じい気持ちよ。
お嬢様も体形について気にしてはいなかった。
これまでは――。
「お嬢様っ。届きました、届きましたよ!」
女は恋をすると変わるというけれど。
そう。お嬢様はまさに今、変わろうとしていらっしゃる!
「メリンダ。届いたって、何が?」
「お手紙です! ディルムット様からのお手紙ですよっ」
手に持った手紙を見せながらそうお伝えすると、エヴァンゼリン様の顔には満面の笑みが浮かんだ。
はぁ~、おかわいらしい。
すぐに手紙を読み始めたお嬢様は、文章をなぞる様に視線を動かし、その度に表情をコロコロと変えた。
最後まで読み終えると、お嬢様は溜息を吐いてその手紙を胸に抱いた。
「何が書かれていたのか、お聞きしても構いませんか?」
「えぇ、聞いてメリンダ。辺境の村ゼナスに、悪党が現れたんですって」
「あ、悪党ですか!?」
「そうなの。でもね、男爵家の騎士の方やドワーフ族の方と力を合わせて、悪党を撃退なさったそうよ」
「まぁ、それはようございましたね」
確か男爵家の元の領地では、ドワーフ族と一緒に鉱山の採掘をなさっていたはずね。きっとその方々も一緒に辺境へいかれたのでしょう。
それに、男爵家の騎士団長は、噂によるとすっごい実力者だって話だし。
「他にはなんと?」
「えぇ。辺境での暮らしは、やっぱり大変みたい。なんでもね、お水の味が違うんですって」
「水、ですか? どんな味なんでしょうね」
「それは書いてないの」
甘いのでしょうか? いやいや、まさかぁ。
「お尋ねになってみてはいかがです?」
「へ? た、尋ねるのですか?」
「そうです。またお手紙を書く理由ができたではありませんか」
私がそう言うと、エヴァンゼリン様は少し考えた後、笑顔を浮かべて便せんを用意してくれとお頼みあそばせた。
とびっきりかわいい便せんをご用意しよう。
一度お嬢様の部屋を出ると、主治医のカルダン先生がお越しになるところだった。
「やぁメリンダ。エヴァンゼリン様はお部屋かな?」
「はい。あのお方からのお手紙が届き、浮かれているところです」
「ははは。お嬢様にとっての王子様か」
カルダン先生はお嬢様の健康を気遣って、こうして毎日のように様子を見に来てくださる。
だけど体重を減らすことにだけ執着し、とにかくお食べにならないから心配で心配で。
「あっ。私、お嬢様が手紙のお返事を書くための便せんをとってこないと」
「ではわたしはいつものように、なんとか説得してみよう」
「お願いします、先生。それでは」
今はお嬢様のために、かわいらしい便せんをお持ちすることだけを考えよう。
どんな便せんがいいかしら。
辺境の村ゼナスは、草もロクに育たぬ不毛の大地と言われているわ。
じゃあきれいな花柄はどうかしら?
せめて手紙だけでも、色とりどりの花が描かれていたら、喜ばれるんじゃないかしら。
何種類かの便せんを用意し、それを持ってお嬢様の部屋へと戻った。
「それではお嬢様。これからお嬢様にあったダイエットメニューで、無理なく体重を落としてゆきましょうぞ」
「はい。よろしくお願いしますカルダン先生」
え? いったい何があったの?
「お、お嬢様。どうかなされたのですか?」
「メリンダ。あの、あのねメリンダ。ディルムット様が『お医者様の言うことはちゃんと守って、健康でいてください』って書かれていたの。だから私、カルダン先生の指示のもと、健康にダイエットしようと思って」
「エ、エヴァンゼリンお嬢様っ。えぇ、そうです。健康でなくてはいけません。お嬢様がお倒れになったら、きっとディルムット様も心配されますよ」
「えぇ。メリンダ、心配かけてごめんなさい」
「そんな、いいんですよ。私はお嬢様の味方ですから」
よかった。あぁ、本当によかった。
でも少し妬けちゃう。私やカルダン先生がいくら言ってもお聞きになってくださらなかったのに、ディルムット様が手紙に書いてくださっただけでこうも素直に聞いてくださるなんて。
ふふ。恋は盲目っていうものね。
「それでね、先生がおっしゃるには適度な運動がいいんですって。でも私、今まで運動なんかしたことがないし、何をしたらいいのかしら?」
「そうですねぇ……あ、そうだわお嬢様! 運動と言えば、公爵家の騎士団にご相談されてみては?」
ただ運動するのではなく、今のお嬢様には十分な体力も必要よ。
騎士団の方なら、無理なく体力をつけるいい運動方法をご存じかもしれないし。
何より、公爵家の敷地内で完結できるもの。
「騎士団に……そうね!」
「はい。ついでですし、少しぐらい剣術を学ぶのもいいかもしれませんよ。いつかお嬢様が辺境へ行かれたとき、ディルムット様をお守りできますし。あ、お嬢様は守られたいんですよねぇ」
「わわ、わ、わた、私は別に、守られたいなんて……」
ふふ。お顔を真っ赤になさって。
んもうっ、天使ぃ~。
はぁ……お嬢様がディルムット様の元へ会いに行かれるのは、いつになるのかしら。
でもお嬢様、ディルムット様に相応しいレディーになるまでは会いに行けない――と仰っていたけど。
具体的に、どんなレディーになればいいのかしら?
「あ、便せんは花柄のものにしました。ゼナスでは花が咲いていないでしょうし」
「まぁ、ステキだわ」
よかった、喜んでくださって。
「あ、メリンダ。見ちゃダメなんだからっ」
「はいはい」
ふふふ。かわいらしいお嬢様。
あ、そうだわ。
「お嬢様。どうせですから、押し花を送られてはいかがですか?」
「押し花……ステキな案だわ。さっそくお庭へ行きましょう」
「はい。どうせですから、ディルムット様の妹君や弟君にもお作りになられては?」
「そうね。ティファニー嬢とも、お友達になれるといいのだけれど」
「なれますよ、お嬢様。さ、とびっきり綺麗なお花を探しましょう!」
エヴァンゼリンお嬢様が笑みを零す。
願わくば、お嬢様の初恋が叶いますように。




