56:美味い! 美味いぞ!!
「え、待ってください……これ、合ってますか?」
「うむ。精霊が教えてくれておるのじゃ、嘘偽りはない」
そ、そうだろうけど、でもこれは……。
リディアレーゼが召喚したロックンは、その体と同じ成分で出来ている岩塩がどのくらいあるのかわかりやすく教えてくれた。
それは立体模型だ。
この山脈を岩塩でミニチュアサイズの立体模型として作ってくれた。フィッチャーが更にオルフォンス王国とレトン商業国の国境線を引いてくれたから、さらにわかりやすい。
そうしたあとで、山脈の立体模型の一部が地面に消え、残ったのは辺境領ゼナス方面の一部だけ。
その残った部分が全て岩塩だって話なんだけど、一部とはいえ相当の量だ。
その先端はゼナスの近くまであって、一日歩いた地面の下が全部塩だったことになる。
更に岩塩は、リーガル領にもいくらか跨いでいた。
フィッチャーが喜ぶだろうな――いや、喜びすぎて昇天しそうだ。なんか白目むいてるし。
「フィッチャー、大丈夫?」
「し、塩……塩の山……塩……」
「とにかく一度出ようか。あ、親方。味見用に岩塩を削ってください」
「あいよ。へへっ、実はわしらはもう既に味見してんだがな、いい味だぜ。前の男爵領で食ってた塩よかな」
それは期待できそうだ。
「オルフォンス王国で一年間に消費される塩の量を基準にして考えるとやね、ざっと見積もっても千年とか二千年分はあると思いますねん」
「え、そんなに!?」
「あくまでこの国だけで消費する量でという話です。せやけど、塩っちゅうもんはそのほとんどが海水からとったもんですさかい」
そう。岩塩が見つかったからといって、じゃあ海水からとれる塩はいりませんとはならない。
と考えると、岩塩の消費量だけで見ると更に数千年分の量になるってことに……。
「フィッチャー。この岩塩、オルフォンス王国だけに流通させるよりも――」
「はい。他国とも取引した方が、断然儲かります」
「となると、アスデローペ卿に恩を売るっていうのはどう?」
「え、取引を持ち掛けるのではなく、恩を売るってどないなことです?」
もちろん取引はするさ。彼もっきっとそれを望むだろうからね。
でも、ただ取引するだけじゃない。
どうしても取引をさせてほしい! と、彼に思わせないと。
「ところでフィッチャー。岩塩って普通の塩を比べて価値はどうなの?」
「もちろん上ですよ! 市民の口に入る事なんて、そう滅多にあるもんじゃありません。ほとんどは貴族だの一部の富裕層にしか行き渡りませんから。なんせこの大陸で岩塩は採掘されとりませんからねぇ」
そうなのか。
以前、料理長がほくほく顔で「いい塩が手に入ったのです」とか言って、岩塩を振ったステーキを出したことがあったっけ。
それから数日は同じ塩を使った料理だったけど、それっきりだったな。
でも貴族だけが朽ちにできるなんて、なんだか勿体ない。
ま、平民が口にできないものだから、貴族は高い金を払うのだろうけど。
「岩塩はある種の、権力や財力を誇示する食材でもあんねん」
「ふぅーん。でもさ、岩塩がどんなものか知らない人たちに『凄いだろ』って自慢しても、それって自慢になるのかな?」
「う……ま、まぁそれはそうなんですけどね」
「だったらさ、平民の口にも入る様にしてあげたらどうなのかな」
「え、いやいや、それだと岩塩の価値が下がりますってっ」
そうはならないと思う。俺のやり方、だったらね。
まぁそのためにも、まずは試食だ。
「夕食を獲ってきたにゃー」
「ちょうどいいところに戻ってきました。おぉ、立派なボアですね」
キャロとオルマンさんが、岩塩の試食用肉を獲ってきてくれた。
「ディルよ。調べてきたぞえ」
「あ、おかえりなさいリディアレーゼ。それで、どうでしたか?」
「うむ。まずはロックンじゃ」
彼女にはもう一度岩塩洞窟へ下りてもらい、岩塩の質を細かく調べてもらった。もちろん調べるのは精霊だ。
それによると――。
「主の思っていた通り、土の層に近い部分は不純物も多く、味も落ちるようじゃの。内側へ行けば行くほど、濃度も高くなるとロックンは言うておる。それとな、下層の方がより質がよいようじゃぞ」
足元では岩の精霊ロックンが、下で見た立体模型と同じ物を作ってくれている。
岩塩だとされる部分と、今度は縦に割ってその内部構造がわかりやすくしてくれた。
表面の、不純物が多くて味が落ちるという部分は土で代用され、内側は岩塩。そして、やや下の方はやや濃いめのピンク色の石で表現している。
「この真ん中のかわいい石が、その下層の岩塩じゃ」
「え、取って来てくれたんですか!? うわぁ、ありがとうございます、ロックン」
岩塩の頭を撫でてやると、ロックンは嬉しそうにもじもじと硬そうな体をくねらせた。
「さぁ、肉が捌けたぜ。食べ比べと行こうか」
「ありがとうございます、親方っ。うわぁ、楽しみだ」
塩の味をみるのが目的なので、ひと口大のブロックに切り分けた肉を焚き火で焼く。
まずは表層部分の岩塩を振って――。
「ん。普通に美味しいですね」
「うみゃい! うみゃいにゃ~っ」
「んー、だが洞窟んところにあった塩よりは、ちーっとばかり『普通』過ぎるな」
洞窟は内側の方なのか。
お次はその洞窟で取った岩塩だ。
「んっ。確かに違う!」
「うみゃぁーっ」
「だろ? さっきのは普段から食える塩と比べて、多少味がいい程度だ。だがこっちはハッキリと美味さがわかるだろう」
うん。肉の味を殺さず、それでいて旨味が増している。
肉は同じ個体のボア肉だから、肉による違いはない。なのにこれだけ美味さが違うなんて。
これは下層の岩塩はもっと期待できるぞ!
新しく焼き上げた肉に、ピンク色の岩塩を砕いて粉末状にしたものを振りかける。
ごくり……。
みんなが生唾を飲む中、突然叫んだのはキャロだ。
「う、うみゃあああぁぁぁぁぁっ。なにこれなにこれっ信じられないにゃ。世の中にこんな美味しいお肉があったなて」
「お嬢。肉は先ほどまでと同じものです」
「つまりそれだけ塩の効果は絶大ということじゃな。どれ、妾も……んふぅ~。なんじゃこれは。本当に塩だけかの?」
リディアレーゼまでうっとりした顔で肉を見つめている。
そこにかかっているのは確かに岩塩粉のみ。
二度目のごくり。
岩塩を振った肉を口へと放り込む。
その瞬間、塩のしょっぱさの中に、ほのかな甘みを感じる。
肉を噛めば、じゅわーっと広がるさらなる旨味。
こ、これは……。
「美味い! 美味いぞ!!」
まるで口から光線が出そうな、そんな美味さだった。




