54:クソはその上をいったか。
「にぃちゃま〜」
「お帰りなさい、兄上」
帰ってきたんだ。やっと……やっと。
小型船から降りると、ジークとティファニーが駆けつけてくれた。
ここを離れたのは一ヶ月ほどだけど、二人の体温がこんなに懐かしく感じるなんて。
「にぃちゃま、お船が浮いてたわ!」
「地面の上を船が走ってました!」
「「どうして!?」」
「ははは。さぁ、どうしてだろうね。そこにいるアスデローペ卿に聞いてごらん」
「「アスデローペ卿!」」
キラキラした、俺のかわいい双子たちに詰め寄られた、アスデローペ卿も思わず顔が緩んでいる。
「え、えっとですな」
よし。今のうちだ。
フィッチャーがこちらに駆けてきていたけど、アスデローペ卿を見て足を止めている。
よそ者に聞かれたくない話でもあるのだろう。
アスデローペ卿は双子に任せて、俺はフィッチャーの元へ。
「おかえりなさいませ、ディルムット様。いやぁ、あの方を遠ざけてくれて助かりました」
「そんな気がしたんだ。だってフィッチャーが途中で足を止めるからさ」
「気づいてくださり、ありがとうございます。実は先日、伯爵がお見えになりまして」
「クソ伯父上が!? ……あ」
うっかり人前でクソと言ってしまった。
フィッチャーはもちろん、ロバート卿らにも聞かれている。そして何故か笑われた。
「んんっ。そ、それで伯父上は帰られたのかい?」
「はい。二日で根をあげられて帰りはりました」
「二日って……。何をしに来たんだ」
「もちろん、お金の無心ですよ。鉱山が水没して、大変なんやって」
ざまぁみろ……と思ったていたが、クソはその上をいったか。
「持ってきたものと地下室にあったお金は、見つからなかったかい?」
「ご心配なく。ドワーフ族の住居に隠しました。いやぁ、あの御仁が到着する前に一報が入ったので、なんとかお金を移動させる時間ができましたわ。盛大に出迎えろ、ってね」
クソらしい言い分だ。呼んでもない奴を歓迎するわけないのに。
フィッチャーの話だと、一週間の間に館の中をあちこち歩き回っていたらしい。どこかに大金を隠していないか、探したんだろう。そして見つければ、あれこれ難癖付けて持ち帰ったに違いない。
兄弟なのだから助けて当然だとか、お前の誠意は受け取るだとか都合のいいことを並べて、実際には強奪も同然に。
「伯父上は兵を引き連れていましたか?」
「えぇ。五十二人ほど。道中の護衛、蛮族がやって来た際、ゼナスを守るため――とか言うて。しっかし何であんな半端な人数だったんでしょうか?」
「うちの騎士団が五十人です。そこに隊長のロバート卿を入れて合計五十一人です。わかりますか?」
「……人数でひとり勝ってる……ってことですか? アホくさ」
「あの御仁はそういう人間なのだ。フィッチャーよ、慣れろ」
とロバート卿に言われ、フィッチャーは苦笑いを浮かべた。
そしてクソ伯父上は一週間粘った挙句、ほとんど何もなく、風が吹けば砂が舞い、水も自由に飲めないし暑いし汚れるし風呂もない辺境に耐え切れず、帰ったそうだ。
「それが三日前です」
「ふぅ。もう少し早く帰って来てたら、大変なことになってたね」
「えぇ。ほんま、いいタイミングですわ」
「あぁ、ほんっといいタイミングだぜ」
この声は!?
「親方! お久しぶりですっ」
「あれ? ドルグズトン親方。いつ山から下りてきたんです?」
「今だよ。崖の上から船がこっちに来てるのを見たもんでな。いやぁ、地面を進む船なんざ見るのは初めてだからよ」
親方、なんだか興奮しているようだ。砂船を見たから?
いや、それだけじゃないな。
「親方、上で何かあったんですか?」
「へ、へへ。あったぜ、坊。いいモンがあったんだよ。アレがありゃ、この辺境もちったぁ潤うかもしれんぇ」
「ドルグズトン親方、それは――」
「それはいったい何であろうか!?」
え? ア、アスデローペ卿!?
「な、なんですのん、あんた」
「我はレトン商業国の評議会議員がひとり、アスデローペである。貴殿こそ、誰だ」
「自分は辺境領主シュパンベルク男爵家に仕える専属商人、フィッチャーいいます。ここからは辺境領内のお話ですさかい、他所のお方にお聞かせできません」
「せ、専属……それは本当のことなのですか、ディル殿」
「はい。彼は我が家に仕えてくれている商人です。うちの領内での取引は、全て彼を介して行われますので」
まぁうちとの取引なんて、食料や資材の買い付けしかしてないんだけど。支出ばかりで収入は一切ない。
でも、親方が見つけたと言うのがなんなのか。それ次第ではお金を得る取引ができるようになるのかも。
問題は――。
「ディ、ディル殿。ぜ、ぜひ、吾輩にもそのイイモノというものを――」
「ジーク、ティファニー」
「「はい」」
キラッキラの双子を呼んで、あることを頼んだ。
「いいかい二人とも。これは男爵家の子として、とっても大事な任務なんだ」
「任務!」
「にいちゃまからの指令ね」
「そう。これはディルムット隊長から君たち二人への指令だ」
こんな風に、時々二人とヒーローごっこをやっていた。これも前世の記憶があればこそだ。
「任務を遂行せよ!」
「はいっ」「ラジャー!」
二人はアスデローペ卿を挟むようにして立ち、それから彼の手を握った。
「あ、あの、いったい?」
「アスデローペ卿をお家へご案内します!」
「しま~す。こっちこっちぃ~」
「いや、あの、ディル殿ぉぉぉーっ」
アスデローペ卿も幼い二人が相手だと、無理に振り払うことが出来ないようだ。
よし、追い払えた。
「それで親方、何を見つけたんですか?」
「あぁ。塩だ」
ん?
「だから塩だよ。塩」
「し、塩……ま、ままま、ま、まさか親方。それって岩塩のことじゃないですよねぇ?」
「おぅ、フィッチャー。まさかのその塩だ」
岩塩!?
まさかこの辺りって、大昔は海だったのか!?
「ほぉ。塩がでたのかの。おばぁ様が言っておったこと、本当だったのじゃな」
「うっ。いたのを忘れてた」
「んなっ、なんじゃと! 妾の事を忘れておったとは……ぐぬぬ。アピールが足りぬのかえ」
「ぷぷぷぅー。ディルに忘れられてたにゃー。ざまぁみるにゃ」
「あ、キャロもいたんでしたね」
「がーん!!!」
はぁ、キャロとリディアレーゼの二人をどうしたものか。




