52:招かれざる客。
「何故俺ばかりがこんな目に合わなきゃならないんだ! おい、ゼナスにはまだ到着しないのか!」
馬車の中、オズワルズ・シュパンベルク伯爵は数分おきに怒鳴り散らしていた。
同行する従者たちは「だったら辺境になんか行かなきゃいいのに」とは思うが、それを口に出すことはできない。
金の生る木。そう思っていた鉱山は水没し、男爵邸にあると思っていた財貨もなし。
あるのは領地と、ベッドが置かれただけの屋敷のみ。
これでは膨らんだ借金の返済ができない。
贅沢な暮らしができない!
こうなったのもすべて弟サウルのせいだ。そして息子ディルムットの。
だから辺境のゼナスへ向かい、鉱山から水を汲みだすための工賃を支払わせる。
十分な財貨を持ち出しているはずだから、すべて回収してやる。
男爵領にあったものは、すべて俺のものだ!
と息巻いて出発したのだが、辺境へと近づくにつれ道は悪くなり、揺れる馬車で尻を打ち付け、痛みは限界に達している。
見た目は華やかな馬車だが、実は中古品。座席のクッションは安物の、平民が使うようなものに取り換えられたもの。
「帰りは奴らの馬車をもらってやろう。荒地じゃ馬車なんて必要ないだろうしな。おい、ゼナスにはまだ到着しないのか!」
「先に向かわせた部下が、二時間ほど前に戻ってきました。その者の話だと、二時間半前にゼナスを出立したといいますので、もう間もなくかと思われます」
「ふんっ。兄が来てやったのだからもてなすようにと伝えただろうな?」
「は、はい。しっかりと」
男爵は歓迎しないだろう。元はと言えばオズワルドのせいで、弟一家は辺境へ送られたのだから。
にも拘わらず、オズワルドは悪びれた様子もなく辺境まで金の無心をしにきている。
どれだけ面の皮が分厚いんだ――と、従者らは思ったことだろう。
それから暫くして、ゼナスが見えてきたという従者の声が上がる。
「よし! よしよしよし!」
歓喜の声を上げた伯爵は、身を乗り出し窓の外から前方を見た。
オズワルズの瞳に移るのは、崩壊しかけた壁と石造りの小さな家屋だけ。
「なんて薄汚い町なんだ」
「いえ、伯爵。規模としては村というべきでしょう」
「はっ。村か。無能なサウルにお似合いだな。こんな場所で金なんか持っていたところで使い道もないだろう。この俺が弟のために、金を有意義に使ってやろうじゃないか」
ギャンブルや贅沢品に溶かすだけだろ――と、馬車の周りを警護する従者たちは思う。
自分たちの給料はまったく上がらず、仕えるべき貴族を間違えたなと考えるものも少なくはない。
部下からの信頼も何もないことなど知らず、オズワルドは前方にあるゼナスを見てニヤニヤが止まらない。
一軒、やや大きな建物が見える。だが貴族が住むにはあまりにも小さなそれは、まるで町の宿のようだった。
「サウルはあの小屋に住んでいるのか。くくく。お似合いではないか」
窓から身を乗り出し、ゼナスの様子を見つめる。
みすぼらしい村。そこの領主となったにっくき弟。
ニヤニヤが止まらない。止まらな――いや、止まった。
「ぺっ。ぺっ。くそ。口の中に砂が入ったではないか!」
顔を引っ込め窓を閉めたオズワルド伯爵は、尻の痛みに耐えながら十数分後にはゼナスへと到着した。
馬車の周りに集まるゼナスの住民たち。
そんな彼らの目の前で、見た目だけは豪華な馬車の扉が開いた。
「愚弟よ、兄が会いに来てやったぞ! さぁ、有り金すべてを俺に寄越せ!」
口元をハンカチ隠した、見るからに怪しい男が出てきた。
どうみても盗人スタイルだ。
しかも「金を寄越せ」と言っているのだから尚のこと、盗賊に間違えられても仕方がない。
住民たちの中には、騎士たちに稽古をつけてもらっている者もいる。
自分たちの村は自分たちが守る。そう強い意志を持って。
だからこそ叫んだ。
「盗賊だ! 盗賊がやって来たぞ!」
その声は瞬く間に村中へ届き、警備の騎士たちが武器を携え集まって来た。
そして、囲まれている人物を見て、心底げんなりするのだった。
「あー、みなさん。これは一応、盗賊ではありません」
「あ、騎士様。と、盗賊じゃない? けどこいつ、さっき男爵様の有り金を全部寄越せって叫んでましたよ」
「はぁ……またか……いや、いい。この御仁は、一応男爵様の兄君なのですよ」
「「えええぇぇ!?」」
あんなお優しい男爵様の兄が、こんな盗賊まがいの男、だと?
と、全員が信じられないといった顔でオズワルドを見つめる。
それからしばらくして男爵が到着し、オズワルドとその従者を連れて邸宅へと入った。
「この俺を盗賊扱いするとは、いったい領民にどんな教育をしているのだ!」
有り金寄越せ。そんなことを言うのは盗賊ぐらいだろう。何故わからないのかと、男爵は溜息を吐く。
「兄上、最初に申し上げますが、お金はありませんよ。財貨はあの件への罰金、あとは今年度と来年度の税として既に支払っています。残っているのは銀貨五十枚ほどしかありません」
「なっ。そんなバカなことがあるか!? 俺はここへ来るのに、金貨を使ったのだぞっ」
「呼んでもないのに勝手に来ただけでしょう」
「鉱山が水没したのだ! どう責任を取るつもりだサウル!」
男爵ははぁっとため息を吐く。
水没したのは自分のせいだろうに。わざわざディルムットが忠告したというのに、その通りしなかったのはオズワルドだ。
それを言ったところで聞きはしないだろう。
「どうぞ。好きなだけ邸宅内をお調べになればいい。ないものはないのだから」
「当たり前だ! そうさせてもらうっ」
オズワルドは邸宅内をくまなく探した。
だがどこを探しても金目のものはない。
階段下に怪しい扉を見つけたが、下にあったのは食糧庫のみ。棚に並んだのは瘦せ細った野菜ばかり。
それでもオズワルドは諦めず、夜遅くまで邸宅内を徘徊。
さらには図々しくも客室を用意させ、豪華な晩餐を要求する。
しかし出てきたのはあの痩せ細った野菜で作られた、薄味のスープと蟹の味がする肉だった。
「これが晩餐だと!?」
「そうです。何を期待していらっしゃったのです。ここは不毛と呼ばれる辺境の地ですよ。まともに雨も降らず、山から流れてくるわずかな水で辛うじて生き永らえられる程度。そんな土地で、十分な野菜が手に入るわけもないでしょう」
「くっ。事前に連絡してやったというのにっ」
「その連絡が来たのは昨夜です。一晩で野菜は育ちません。そんなこともお分かりになられないのですか?」
「ぐぬぬぬ……貴様が言うことが正しいか、明日、畑を見に行くからな!」
「お好きにどうぞ」
オズワルズは翌日、質素な朝食にグチグチ文句を言いながらも完食し、そして畑へと向かった。
そこにあったのは、邸宅で見たような痩せた野菜とわずかに出た芽。
「畑に撒く十分な量がないため、これ以上の発育は見込めないそうです。せめて子供たちには、栄養のあるものを食べさせてやりたかったのに……すまない。ジーク、ティファニー」
「ごめんなさい、二人とも」
「父上、母上っ」
「お父ちゃま、お母ちゃま。ティファ、我慢できるから平気よ」
悲壮感漂う親子の会話に、オズワルドは歓喜した。
(くっくっく。愚かな弟め。俺が得るはずだった金を横取りするからこうなるのだ。鉱山が発見されたときに、利益の九割を寄越していたらよかったのだ。そうすればランドの罪をディルムットに押し付けることも……ん?)
「そういえばディルムットはどこだ? 昨日から姿を見ていないが」
「ディ、ディルムットは砂漠へ行っております。先日、ゼナスを襲った盗賊が、南の蛮族と――」
「ば、蛮族だと!? や、やや、や、奴らが北上して来たのか!?」
「いえ、その可能性もあるかもしれないので、砂漠の民と友好を築くため、わたしの代理としてディルムットを行かせたのです」
話を聞く間、オズワルドの表情がどんどん青ざめていく。
「ひ、引き上げるぞっ。こんな薄汚い土地にいられるか!」
踵を返すと、オズワルドは従者を伴って慌てて馬車の方へと向かった。
来るときに乗った馬車ではなく、邸宅の隅に置かれた馬車の方へだ。
「今すぐ馬を繋ぎなおせっ」
「え? しかしこの馬車は――」
「こんな辺境の地では馬車など必要なかろう。サウル、いいな!」
「はぁ……お好きにどうぞ」
男爵は呆れながらも、実際、馬車は必要ないと思い譲ることにした。少しでも早く出て行ってほしいからだ。
そうして伯爵が乗り込み、馬車が動き出す。
その馬車の中で、伯爵は真新しい井戸を見た。正しくは水を汲み上げるための滑車だ。
「村の中であれだけ随分と新しいな」
窓から顔をだしそう話すと、近くにいた村の子供が「ディルムット様が作ってくれたんだよ」と答える。
「ちっ。平民風情は俺に答えるとは――そうだ。ディルムットだ。奴がいれば金を出さずに、鉱山の水を汲み上げる何かを錬金できるかもしれない」
独り言のようにつぶやき、伯爵は馬車を走らせた。
ゼナスの村を離れ、しばらく進むと――。
「馬車を止める。おい、今すぐ止めろ!」
慌てて御者は手綱を引き、従者たちも同じように馬を止めた。
「さぁ、帰って来いディルムット。伯父であるこの俺が、お前の力を有効活用してやろう」
馬車から降りたオズワルドは、遠くに見えるゼナスに視線を向けそう呟くのだった。




