37:パンッと乾いた音がその場に響く。
「ここも水不足なのにゃ~」
蟹パーティーの翌日、畑の土から塩を除去するためせっせと錬金魔法を使っているとキャロがやって来た。
ここ「は」というぐらいだし、キャット・ルーの里でもそうなんだろう。
「キャット・ルー族の里は、オアシスかどこかにあるんですか?」
「そうにゃ。だけどうちんところで、ここ何年かでオアシスの水量も減って、エビが見えるぐらいになってるにゃ」
「エビ? え、昨日はエビなんていないって言ってたじゃん!?」
「砂漠じゃなくってオアシスにゃ~」
同じだろ!
「オアシスにいるエビは食べられないんにゃ。数が少ないし、水が減って来た時の目安にもしているからね」
「目安?」
「そ。上から見てエビが見えるようになったら、水が減ってるって意味にゃ」
それ別にエビじゃなくてもいいんじゃ……。まぁ言わないでおこう。
だけどオアシスの水が減ってるってのは、これまた深刻な問題だ。年々雨量が減っているんだろうか?
「だがこの村は、あの山から雨水が流れて来ているのではないか?」
キャロのお目付け役であるオルマンさんが、西にある山を見上げる。
村長やチクの父親からもそう聞いているけど、でも明らかに年々、水の量は減っているそうだ。
山といい砂漠といい。辺境の水は減るばかりだな。
このままじゃ何十年か先、本当にこの地は人が住めなくなってしまう。
南の蛮族たちが攻めてこないと言う保証でもあれば、ここに村を置く必要もないのだけれど。
いや、実際なら村なんかじゃなく、砦を築くべきなんだ。それが出来ないのは、圧倒的に食料事情が問題だから。
砦に常駐する兵士のための食料を、数日おきに届けるなて現実的じゃない。
自給自足できる環境が整っていないと、砦の建設なんて無理だ。
今だと、水不足もあって余計に不可能に等しい。
「山、かぁ……」
「以前はもっと水が流れていたなら、山の上の方に問題があるんじゃないのにゃ?」
山の上に問題……。
「水の問題と言えば、こことは真逆で水害に苦労しとる領主さんもいてましたな。こう水不足やと、不謹慎やとわかってても少し羨ましく思いますなぁ」
「水害かぁ。あれだって大変だけどね。人に被害が出なくても、土地そのものに影響が出てしまうし」
洪水なんかで流された土地は、水が引けば元通りというわけではない。そんなのを、前世でもテレビで見たことがある。
重機なんてない世界じゃ、土砂を取り除いたり壊れた堤防や橋をかけ直すのだって大変だろうしね。
とはいえ、フィッチャーの言葉もわかるんだよ。
水害が起きるほどの水なら、その半分――いや二割か三割でもいい。こっちに流れて来てくれたら、お互い助かるってのにな。
「じゃー、見に行けばいいにゃ」
「見に行く? どこに」
「山に、にゃ」
……そうか。見に行けばいいか。
「で、この崖をどうやって登んだ?」
「うぅーん」
俺と親方は、切り立った崖を見上げた。
高さはおそらく百メートルはないぐらい。でも五十は超えている。そんなところだ。
「登れますが?」
「ロバート卿の身体能力に、誰もがついていけるとは思わないでくださいね」
父上殿も水問題は気にしていた様子で、ロバート卿をお供に着けることで許可を出してくれた。
他にもドワーフ族の男手が一緒だ。
「おーい、ディルの兄ちゃーん」
「チク?」
村の方からチクが、それともうひとりアレンさんがやってくる。
アレンさんは村で一番、筋肉もりもりだと個人的に思っている人だ。
「山に行くって聞いてさ、アレンのおっちゃんに話をしたんだ」
「アレンさんに? えっと、山のことをご存じなのですか?」
尋ねると、アレンさんがこくんと頷いた。
寡黙な人で、あまり人と話しをしているのを見たことがない。
だけど今日は違った。
「山に入って三日ぐらい行くと滝が見えてくる。その滝つぼの底は穴になっていて、そこから地下水脈に繋がり村の方まで水を運んでいるんだ」
「三日ですか。それってどの方角なんでしょう?」
「案内する。あの場所を知っているのは、村でも俺以外、三人しかいない」
助かった。迷子にならずにすみそうだ。
滝。それから地下水脈か。
「親方。道具を持って行った方がよさそうですね」
「そうだな。もしかすると、地下を掘らなきゃならなくなりそうだ。おいお前ぇら、アレ持ってこい。アレ」
「オレも行くよ兄ちゃん」
「お母さんに許可をもらったのかい?」
「あ、あったり前だろ」
じゃあなんで村の方から、チクのお母さんが怖い顔してこっちに来てるんだろうね。
「チク!! あんたまた水汲みさぼってっ。少しは坊ちゃんを見習いなっ」
やっぱり無断で来たのか。
「か、母ちゃん!? み、見習うから山に行くんだろっ」
「まぁたそんなこと言って! みなさんのご迷惑になるって、何度言ったら分かるんだいっ」
「オレは男なんだから、水汲みなんかじゃなく、もっとでっかいことやって村を救うんだよ!」
チクのその言葉に、俺は思わず手が出た。
パンッと乾いた音がその場に響く。
「でかいこと? でかいって何だい? お母さんを助けられない奴が、村を救う? 笑わせるなっ」
「うぐっ。に、兄ちゃん……」
「チクのそれは救いたいんじゃなく、自分が目立ちたいだけだろ。英雄気取りでいたいだけさ」
「ち、ちがわい! オ、オレだって村のことが大事なんだっ」
「村は大事でも、お母さんは大事じゃないと?」
俺がそう言うと、チクはハッとなってお母さんの方を見た。
この年頃だと、勇者だとか英雄に憧れるものなんだろうな。俺がこの年齢の時は何に憧れていただろうか。
んー、俺はヒーローだったかな。
悪者を退治してくれるヒーロー。
自分がヒーローになって、父親と母親を退治したかった。
今はそんなこと、まったく思わない。むしろ俺にとってのヒーローは、父上殿と母上だ。
「チクはここで、お母さんの手伝いをするんだ。そしてお母さんにとっての英雄になれ。それが出来ないうちは、村の英雄になんてなれないぞ」
「ぐっ……で、でも兄ちゃんだって!」
「僕には魔法があるっ。僕は錬金魔法で君に出来ないことが出来る! これは紛れもない事実だし、その力で父上の仕事を手伝えるんだ。僕は……僕は村のためじゃなく、家族のためにやっているんだ」
俺にとって一番大事なものは、村じゃない。家族だ。
領主の息子としてそれはどうなんだって思われるかもしれないけど、これが事実だ。
家族が快適に暮らせるようにしたい。それが結果的に、村の開拓に繋がっているだけ。
「チク。君は魔法を持たない子供だ。だから努力しないといけないんだよ」
「努力……」
「そう。まずは訓練だな。剣を扱えるようになるための」
俺がそう言うと、チクの瞳が輝いた。
あとはロバート卿が引き継いでくれる。
「チクよ。我が騎士団は早朝の涼しいうちに鍛錬を行っている。館の中庭でやっているから、まずは見学に来るがいい。副団長には俺から伝えておこう」
「い、いいの!?」
「まずは見るだけ。いいな? 逸る気持ちを押さえろ。感情を抑えることも、騎士にとっては重要なことだぞ」
「わかった! まずは見るだけだね」
「母の約束もちゃんと守る様に。親の約束すら守れないものが、仲間との約束なんて守れるはずがない。そんな奴は騎士にも戦士にもなれんぞ」
「お、おう! 母ちゃん、オレ、水汲みしてくる!!」
上手いなぁ、ロバート卿。
チクはお母さんの手を引いて、急かすように村へと戻って行った。




