35:あいにく俺はケモナーではない
チクが「来た」というから館のほうへ来たのかと思ったら、そうではなかった。
村の南側、ぐるりと囲む壁の向こうに二十人ほどの人影が見える。
なんで村の外に?
近づくと、その集団が人間でないことがわかった。
猫科動物の耳、そして尻尾……獣人族だ。確か猫科の氏族をキャット・ルーって呼ぶんだっけか。
「なんで村の中に来ないんでしょうね?」
「うん、なんでだろう」
「そりゃアレだ。村の中はいわば他人のテリトリーだ。万が一の時には逃げるのが困難だろう?」
と親方が言う。
つまり警戒されているってことだ。
なら俺の出番だろう。子供相手なら警戒心も緩むだろうし。
「お待たせしました」
一行の先頭には女の子がいた。中学生ぐらいかな、栗毛に青と金のオッドアイだ。実に猫っぽい。
「子供が出てきたにゃ」
語尾が「にゃ」。見事な猫っぷりだ。あいにく俺はケモナーではないし、まったく萌えないんだけども。
「自己紹介が遅れました。僕は男爵家長男、ディルムットといいます。父上が到着するまで、先にみなさんからのお話を聞かせていただこうと思うのですが」
「だー……」
「お嬢、人間族の貴族です」
「わ、わかってるにゃオルマン! 貴族にゃね、貴族。うん」
砂漠の民には貴族制度がないようだ。しかしお嬢、ね。てことはあの女の子は、砂漠の民の中でも地位の高い人の娘ってことか。
「こほんっ。あー……盗賊どもを引き渡して欲しいにゃ。あ、別に全員じゃなくていいにゃ。リーダー格の奴だけで十分だから」
盗賊っていうと、ボロミオシの仲間のことだうか。
「申し訳ありません、それは無理なんです」
「んにゃー!? ひ、ひとりでいいんにゃっ。それぐらい融通してくれてもいいでしぉ!!」
女の子はちょっと不機嫌そうに声を荒げる。でも無理なものは無理なんだ。
「まぁまぁお嬢さん、そない怒らんといてください。奴らは既に、王都へ護送されて取り調べを受け取りますんや。せやから無理やって話なんです」
「え……も、もうここにはいない?」
彼女の問いに俺は頷いて応えた。
するとキャット・ルーたちが円陣を組んで何事か話し出す。
その間に父上殿が到着し、彼らの要求について俺から説明した。
「もしかしてキャット・ルー族も、あの盗賊団から何か盗まれていたのですか?」
父上殿がそう声を掛けると、彼らは話し合いを終えてこちらを見た。
父上殿が男爵だと自己紹介をすると、キャット・ルーの女の子が一歩前に出る。
「こほん。う、うちは砂漠のキャット・ルー族の長、ダンドの娘キャロ。族長のみょー……みょ」
「名代」
「そう! 名代として来たにゃ」
族長の娘なのか!? ずいぶんと大物が出て来たな。
それから彼女は端的に、盗賊団を引き渡して欲しい理由について話をしてくれた。
「砂漠には六つの部族が暮らしているにゃ。そのうちの一つ、サルージ族が盗賊どもの仲間にゃ」
「え? 砂漠の民の一部が!?」
「にゃ。あいつら五年ぐらい前から盗賊どもと一緒になって、砂漠を横断する商人の砂船を襲う様になったんにゃ。そのせいで商人は、うちら砂漠の民との取引を中止してしまって……」
それは死活問題だろうな。砂漠はここと同じで水不足に悩まされているだろうし、自給自足もままならないだろう。
「そのうえ、西の商業国家レトンがついに砂漠へ兵を派遣したのだ」
オルマンと呼ばれた人が神妙な面持ちで話す。
「え、兵を!? でも商船を襲ったのは、そのサルージって部族と盗賊団ですよね」
「そうにゃ。でもよその国の連中には関係ないにゃ。砂漠の民は砂漠の民。うちらもサルージも同じだって思われてるにゃ」
いくつもの少数部族が暮らす砂漠で、一つが問題を起こせば全体責任になる……ということか。
「各部族の族長がなんとか説明をし、ひとまず兵を引いてはくれたが……」
「あと三カ月以内に奴らを差し出さなきゃならないにゃ。でも……」
「でも?」
「サルージ族の奴ら、元々住んでいた里を捨ててどこかに逃げたにゃ」
「だが砂船の襲撃は続いているから、この砂漠のどこかにはいるのだろうが……」
なるほど。そのアジトの場所を聞き出すために、ボロミオシの仲間だった盗賊を引き渡して欲しいってことだったのか。
「父上……」
「うん。急いで王都に連絡をしよう」
だけど三カ月か。途中で馬を交代させて飛ばしたとしても、王都まで二週間は掛かる。往復するだけで一カ月だ。直ぐにアジトの場所を吐かせたとして、そこがまた遠かったら期日まで間に合うかどうか。
「それでしたら、自分に任せてください」
「フィッチャーに?」
「はい。二日後に自分とこの商隊が来ますんや。そん時に、実家との連絡をスムーズにするための、いい子を連れてきてくれますのや」
い、いい子?
それに商隊って、まだ彼の実家に注文はしていないはずだけど。
「あ、ご心配なく。明後日来る隊は、自分が個人的に注文したものですさかい。ま、いうなれば初期投資っちゅうやつです」
「しょ、初期投資?」
「まぁぶっちゃけると、穀物と根菜類、それにいろんな野菜の種です。いろいろ蒔いてみたら、荒地でも育つもんがひとつぐらいあるやろの精神で各種取り揃えてみたんですよ」
なるほど。前回彼が持って来てくれた野菜類は、ちょうど底を尽きたとこだった。
このタイミングに合わせて事前に手配していたのだろう。
若いのになかなかやるなぁ。
でも、だからこそ申し訳ない気もする。
男爵家を高く買ってくれるのは嬉しいけど、辺境領ゼナスには儲け話がないんだよなぁ。
そりゃまぁ、日本円にして二十億ぐらいの開拓費用があるけどさ。
「じゃあ、そっちで奴らのアジトを調べてくれるにゃか?」
「はい。まぁ僕らがではなく、王都の騎士団がやるんですがね」
「どっちでもいいにゃ。じゃ、うちらはそれまで――」
「はい。またその時にお越しください。あ、どうやって連絡をすればいいんでしょうか?」
という俺の問いに、族長の娘キャロが首を傾げる。
ん? 俺、なんか変なこと言った?
「何言ってるにゃ。うちらはここで待つにゃよ」
ん?
ここで……待つ?




