21:エヴァンゼリン
「よいのか、エヴァンゼリンよ。ここで挨拶をしておかねば、次、いつ会えるかわからぬぞ?」
馬車へと引き返した宰相ことバランシェット・フォン・ハルテリウス公爵は、中で待っていた孫娘へと声を掛けた。
てっきり馬車を下りてくると思ったのだが、エヴァンゼリンは姿を見せず。窓から顔を覗かせる事すらしていなかった。
「今ならまだ間に合うぞ」
祖父の優しい言葉に、エヴァンゼリンは首を振った。
「いいの、おじい様。エヴァは……今のエヴァはこんなだから。まだ全然ダイエット出来ていないからっ」
「出来ていないとは言うても、まだあれから十日経ったかどうであろう。そう急には痩せれぬ……あ、いや。ごほんっ。エヴァや、本当に良いのだな?」
こくんと小さく頷くエヴァンゼリン。
公爵はその小さな頭を、大きな掌で撫でてやる。
「そうか。そうだな。ディルムットはこれから、苦難の道を歩むことになる。そんな少年にお前の気持ちを伝えたところで、重荷になてしまうだろう。これでいい。お前の決断が正解じゃ」
「き、きも、気持ち!? わ、わた、私はべべ、別に何もっ」
「ん? ふぉーっふぉっふぉっふぉ。そうか。なんともないか」
五歳の孫娘が恋をした。しかもそのことを隠そうとしている。
幼い子供にありがちな「遊び相手だから好き」「優しいから好き」「面白いから好き」という、恋とは到底言えないような感情とは、どうやら違うようだ。
さて、自分が幼い頃はどうだったか――と公爵は振り返る。
いや、そもそも初恋は十二の時だったのだ。そう考えると、孫娘はなんておませだろうか。
嬉しくも思うが、やはり寂しい。
(じゃが)
遠ざかる男爵家の馬車を窓から見つめ、公爵は口元を緩める。
(あれはなかなかに面白い少年じゃ。将来が楽しみじゃて。ディルムットよ。我が孫娘に相応しい男に成長出来るかの?)
その目は、隣に座る孫娘を見つめるソレと変わりない。
が――。
(もしエヴァンゼリンを泣かすような男になるなら、その時はこのわし自ら引導を渡してくれるぞっ)
すぐさまその表情は鬼の形相へと変わる。
じぃじはどこまでも、孫娘命なのであった。




