19:伯爵、鉱山へ行く。
「こ、ここもか!?」
鉱石の選別場兼工房へとやって来たオズワルズとその息子、そして夫人は、建物内に金のインゴット、銀のインゴットらがずらりと並んでいるものと思っていた。
しかし現実は違う。
インゴットは一本もないし、あるのはゴツゴツした岩の塊ばかり。
「変な石だな。フンッ――いてっ。クソックソッ。新品の靴に傷が入ったじゃないかっ」
ランドファスが蹴った石は、思いのほか重かった。
「あなた。サウルはこうなることを察して、事前にインゴットを全て売り払ったのではなくて?」
「くそっ。サウルめ……俺様の金を勝手に……」
いや。ここにあった金銀は、サウル男爵ものであってオズワルズ伯爵のものではない。
だが「父の物は俺の物。弟の物も俺の物。俺の物は俺の物」を素で行く人間だ。自分が言っていることは1ミリもおかしいことはない――と本気で思っているのだろう。
「クソッ。ここにあるゴミは全て捨てろ!」
伯爵がこう言ったところへ、待ってましたと言わんばかりにフィッチャーが姿を現す。
「でしたらその石っころ、自分が引き取らせていただきます。さっきの花瓶の弁償代の足しぐらいにはなりまっしゃろ」
「な、なんだと。こんな石がか!?」
「石言いますが、ちょっとぐらい銀か、石英ぐらいは含まれとるかもしれまへんし」
石英がなんなのかわからない伯爵は、ランドファスが粉々にした花瓶のことを陛下に内密にしてくれるのなら――そしてゴミが片付くのならと素直にそれを引き取らせた。
「次だ次! 鉱山へ行くぞっ。あそこなら、掘れば掘るだけ金銀が出て来るはず」
「パパの言う通りだ! 鉱山へ行くぞ!」
そんな親子の様子を、フィッチャーはにんまりと笑いながら見つめる。
(ほないってらっしゃいませ。自分はここで失礼するわ)
男爵家の令息は、ずいぶんと伯爵を憎んでいるようだった。
伯爵の行動パターンを理解しているからこそ、師団長を通じて王室に今回の件での協力を要請したのだろう。そしてランドファスのやりそうなことも先読みし、あんな偽花瓶まで用意したのだ。
鉱山をみすみす手放すことなんてしないはず。
(され。どんな仕掛けをしたのやら)
ずかずか歩いていく親子を見送りながら、フィッチャーはますますディルムットという少年に興味を抱くことになる。
「は、伯爵。鉱山夫を連れずに入られるのですか?」
「当たり前だ! ここで働いていた者は全員、男爵派の者たちだろう! 全員クビだクビ!」
従者の意見も聞かず、オズワルズ伯爵は息子と共に坑道へと入っていく。
夫人は汚れるからと辞退。
「ディルムットが言っていた十二番坑道はどこだ!」
「どこだー! おい、クズ、さっさと探せよっ」
「は、はっ」
幼い子供にクズ呼ばわりされた従者は、顔をしかめながらも坑道を進む。
坑道内には要所要所に看板が建てられ、親切に内部案内図があった。
それを手掛かりに、それでも何度か道を間違えて進むこと小一時間。
「はっ。ようやく見つけたぞ。ここが十二番坑道だな」
「やったねパパ。ディルムットの奴、オレたちをこの先に行かせたくなさそうだったけど。きっとお宝があるに違いないよ!」
「あぁ。きっとこの先には――お。あ、あれはもしや!」
二人が駆け出す。
【この先十二番坑道⇒】と書かれた看板の先に、採掘して拾い忘れたらしい鉱石が落ちていた。
オズワルズはそれを拾い上げ、ニタァっと笑う。
「これを見ろっ。くひひひひひひひ。金だ。金だぞランド」
「す、すっげぇーっ。パパ、オレにも見せてよっ」
金の含有量。ざっと見ても、拾った鉱石の半分は金だ。
「おっ。あそこにも落ちているぞっ」
「え? どこどこ」
駆け出したランドファス。親子は金ぴかの鉱石を拾いながら、奥へと進んで行った。
従者たちは不安になるが、追いかけないわけにはいかない。
やがて、両手いっぱいの金鉱石を抱えたランドファスが、地面に置かれた木材に足を取られ倒れた。
「い、痛ぇーっ。な、なんだよクソが! こんな所に木なんて置くんじゃねー! クソックソッ」
ランドファスが木材を蹴り飛ばす。
それでも気が済まないランドファスは、傍に立てかけられていた木材も蹴った。
蹴って蹴って蹴って、そして木材が倒れる。
「ふぅ。オレ様をバカにするからだ。ざまーみろ」
木材相手に何を言っているんだ――と従者たちは溜息を吐く。
その時だ。
ズ、ズズズと、わずかな振動。
パラパラと天井から石が落ちてくる。
ここは坑道。天井から石が落ちて来るというのは、危険なのでは?
従者は顔を見合わせ、それから真っ青になる。
「は、伯爵様っ。今すぐここから出ましょうっ」
「く、崩れるかもしれませんっ。男爵のご子息が危険だと言っていたではありませんかっ」
だがこの進言は悪手となった。
男爵のご子息――そう聞いたオズワルズとランドファスが激怒する。
「ディルムットの言うことを真に受けるのか! それでも伯爵家に仕える者のつもりか!」
「バカか、バーカバーカッ。ディルムットが危険っていうのはなぁ、お宝を隠しているからなんだよ!」
「ふざけやがって。クソッ」
「バカディルムットに決まってる! オレ様に怪我をさせるために、この柱を立ててんだろ!」
それは坑道を支えるための柱。それを怒りに任せて二人は蹴りつける。
ずずん――ぱらぱらぱら。
従者の顔色はますます青くなる。
「お、おやめくださいっ」
「伯爵様っ、伯爵様っ」
一本、また一本と柱が倒れる。
そして、倒れた柱がその隣の柱に当たって倒れ、その柱がまた隣の柱に――。
「うおぉー、ドミノみたいだっ」
「おぉ、まさにドミノ……ん? なんだ、この音は」
ずどんっと音がした。そして次にドドドドドドドドっという地鳴りのような音が十二番坑道の奥から響いてくる。
「は、伯爵様っ」
「今すぐ避難を!」
「う、うむ……ラ、ランド、行くぞ」
「えぇー、もう? あ、パパ。奥から何か――み、水が来るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
坑道を支える柱が次々と倒れていき、カーブでその柱が壁に突き刺さる。
水脈に近づいたことでもろくなっていた壁は、その一撃で見事に崩れた。
その崩落はさらなる崩落を産み、ついには水脈を掘り当ててしまう。
坑道に溢れ出す大量の水。それが伯爵一行に向かって押し寄せた。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ、パパアァァァァ」
「こ、洪水だ。洪水だあぁぁぁぁぁっ」
必死の形相で出口へと走る一行。
果たしてその運命やいかに。




