18:伯爵。
「なんじゃこりゃああぁぁぁぁっ」
屋敷へと足を踏み入れたオズワルズ伯爵は、あまりの光景に悲鳴を上げた。
ない。ほとんど何もないのだ。
玄関を飾っていた絵画、壺、甲冑。
元々弟は派手に飾るのを嫌う性格であったが、最小限の調度品ぐらいはあった。
金鉱山での利益が安定してきたようで、それなりに質の良いものも増えていたのだが――その全てがない。
「あ、あなた。これはいったいどういう事ですの?」
「お、俺が知るか!」
屋敷を出ていく弟一行の馬車は数台あったが、屋敷で働いていた者たちが乗り込めば他に荷物を乗せる余地はなさそうに見えた。
ではいったい、ここにあった調度品はどこに?
「に、二階だっ。二階へ行くぞ!」
「お、お待ちになって、あなた」
「パパァ」
どかどかと二階へ上がり、弟夫妻の寝室へ。
そこにはあった。いや、残っていたというべきか。
不自然に開いた空間もあり、そして普通なら有るはずの家具が見当たらない。
大きなベッドと椅子がぽつんと置かれているだけ。
しかもそのベッドと椅子には、赤い張り紙がしてあった。
「なんだ、これは」
伯爵は紙を剥ぎ取ろうとして、その手が止まる。
紙に書かれていたのは――。
「あなた、それは? って、差し押さえ!? ど、どうなっているのよっ」
「何故だ……何故……差し押さえの赤札に王室の紋章が書かれているのだ!」
「お、王室の紋章ですって!?」
そこには確かに、オルフォンス王室の紋章が描かれていた。
伯爵は慌てて別の部屋へと向かうが、そこでも同じ赤札が張られたベッドがあった。他の家具は見当たらない。
「おい貴様っ。貴様は誰だ!」
部屋には男がひとりいた。バインダー片手に何やらチェックをしている様子。
「自分ですか? えー、自分、王室に出入りしておりますフィレリクス商会の、フィッチャー申します」
振り返った男は糸目に眼鏡、二十代半ばといったところか。
「しょ、商人だと!? い、いったい誰に許しを得て俺様の屋敷に入っているのだ!?」
「はぁ? 前伯爵様からの許可は頂いとります。それにこれは王室から賜った仕事でして」
「し、仕事だと!?」
「はい。前伯爵様は何故か事業に失敗しとりましてなぁ。いやはや、十年前までは黒字経営でしたのに。そういえば前伯爵様がご隠退なさってからでしたっけ、赤字転向したのは」
フィッチャーは悪びれる様子もなく、眼鏡を正しながら何食わぬ顔で語った。
赤字にした張本人が目の前にいる男だということを知っているのかいないのか。
「でしてね、その時の借金のいくらかを、国王陛下が肩代わりなさっておいででして」
「な、何!? へ、陛下から金を借りていたのか!?」
事業で大赤字を出したが、その責任を最初の頃は父親に押し付けていた。
まさか国王に金を借りていたなどとは露にも思わず。
「つ、つまりこれは――」
辺り一面赤札だらけ。赤札がついていないものはないというぐらいだ。
「はい。なんでもお金になるものが男爵家にはあるいうことですので、陛下のご命令で全て、差し押さえさせていただきました」
「す、全て!?」
「えぇ。それぐらいしまへんと、陛下が前伯爵にお貸しした金額が回収出来ませんのや」
「な、なんだと貴様!? こ、この屋敷のものは全て俺の物っ」
手近にあった椅子に張られた赤札に手を伸ばす。
しかし剥がすことが出来ない。
「あ、それ剥がしちゃいます? 剥がします? え? 王家の紋章が見えへんのですか? この紋所が見えへん? えぇー?」
「クッ……」
「あ、あなた。およしになって。それを剥がせば、伯爵家は逆賊と見なされますわよっ」
伯爵夫人が真っ青な顔でそう言った時だ。
廊下からガシャーンっという、何かが割れる音がした。
「な、なんだ?」
慌てて廊下へ出てみると、そこには割れた何かの前で勝ち誇ったように仰け反るランドファスの姿が。
「ひえええぇぇぇぇぇっ」
悲鳴を上げたのはフィッチャーだった。
バタバタと眼鏡を落とす勢いで走り出し、割れた何かの前で跪く。
「な、なんてことを!? お、王室紋が描かれた赤札の貼った花瓶があぁぁぁぁぁ。陛下になんて報告すればいいんや。赤札を貼られた時点で、これは王室の所有物やいうのに!?」
そして次に悲鳴を上げたのは伯爵夫妻だった。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その悲鳴を聞いてランドファスは首を傾げる。
「どうしたのさ、パパ、ママ。クソな男爵家のダッサい壺なんて、壊したっていいじゃん」
「バ、バカ者おおおおぉぉぉぉぉっ。ラ、ランド、なんてことをしてくれたんだ!」
「ランド、あなったって子は。その札に描かれた紋章がわからないの!」
「え? このぶっさいくな鷹の絵か?」
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶさ、不細工などと言うなっ。そ、それは――」
「王家の紋章ですねぇ。いやぁ、子供は無敵だなぁ~ははははははははは。はぁ……」
フィッチャーがわざとらしく溜息を吐く。
だが内心では笑っていた。
慌てふためく伯爵夫妻を見て、面白くて仕方ないのだ。
そしてその息子が、聞いた通りの行動を取ったことにも笑った。
(いやぁ、男爵家の坊ちゃんが言った通りや。坊ちゃんが用意しはった、なんてことのない花瓶。あの坊やの手の届く場所に置いとけば、必ず割るやろうって。赤札のことなんか気にもせんとな)
たぶんランドファスは、王室の紋章のことなんて知らないと思います。
きっと「不細工な鷹の絵」なんて言うでしょうね。
(まったく、言うことまでドンピシャや)
フィッチャーは感心した。およそ八歳の子供とは思えない洞察力に。
そして、男爵家にあるすべてのものを王室の名のもとに差し押さえするという策を考えたのも、あの少年だという。
すぐに持ち出せるものは、既にフィッチャーの部下たちが運び出している。
実際、前伯爵はオズワルドのせいで借金をしてたが、王室からお金を借りているなどということはない。
更に言えば、その借金は既に男爵が返済済みだ。
今回、差し押さえした物はフィッチャーが買い取ることになっている。
支払うべき男爵はいないが、そのお金はこっそりと領民に配られる。
全ては男爵と、その令息とが決めたことだ。
(辺境の地ゼナスか。果たしてかの一家がどないな領地を経営をするのか、楽しみやなぁ)
おバカな息子をげんこつで殴る伯爵と、ギャン泣きする息子に、今にも卒倒しそうな夫人。
そんな光景を見ながら、フィッチャーは旅立った男爵家への興味に胸を躍らせていた。
そして。
(はぁ、それにしても勿体ないのぉ。金脈が発見されてまだ十数年やいうのに)
と、窓から見える山に目を移す。
勿体ない。そう言いながらも、これから起きる出来事に、わくわくを押さえられないフィッチャーだった。
「くそっ。町へ行くぞ! 町だ! 確か鉱石の選別場があっただろう」
「選別場だ。選別場!」
父親の言葉をおうむ返しするだけの息子を見て、フィッチャーはほくそ笑む。
(くふふ。面白そうやし、ついてったろう)
ブクマ評価が増えると作者が喜ぶんです(´;ω;`)




