16:さ、宰相閣下が俺に何の用が……。
なんだかんだと今世初になる王都を、こんな形で訪れることになるとは。
縛られていた縄は解かれ、ちゃんとした馬車に乗せられ王都へとやって来た俺たち。一応、馬車の周りは騎士に囲まれているので、物々しい雰囲気であることに変わりはない。
ただ今現在の時刻は夜。
王都には街灯があるものの、通りには人の姿がほとんどなかった。
「もしかして、ご配慮くださっているのですかね?」
「あぁ、そうだろうね。人通りの多い時間であれば、わたしたちが市民に好奇な目で見られるのは必至だろうから」
馬車の中ではジークとティファニーの二人がぐっすりと眠っている。暖かい毛布も貸してくださり、師団長の気遣いを感じた。
そのまま俺たちは入城し、王宮の一角にある離れで一晩過ごすことになった。
だがここで、俺ひとりが呼び出されることに。
騎士に連れられて向かった先は、宰相の執務室。
さ、宰相閣下が俺に何の用が……。
執務室の机に座っていたのは、六十代ぐらいの老人。ただ精悍そうな顔つきは、まだまだ現役バリバリと言った感じだ。
「長旅で疲れているだろうに、夜間遅くに呼び出して悪かったの」
その声は低く、長い経験から来る威圧感があった。
だけど、決して嫌味には聞こえない。
「いえ。とても座り心地の良い馬車に乗せていただいておりましたので、それほど疲れを感じませんでした。師団長様のお心遣いに感謝しています」
少しだけ嘘をついた。座っているだけでも多少は疲れる。でも感謝の気持ちは本当だ。
「感謝、か。ふっ。今の自分の立場を考えれば、感謝するなどという言葉は出て来ぬと思うが」
「僕の立場ですか? 僕は何も悪いことはやっていませんので、立場を気にする必要はありませんから」
「ほぉ……。ふ、ふふ。はぁーっはっはっは」
わ、笑われた?
な、なんなんだ、このおじいさん。
「ふぅ、すまぬすまぬ。肝の据わった男だ。いや、よく出来たと言うべきか。それでなくては困る」
「あ、あの、どういう事でしょうか?」
「こちらの話じゃ。気にするでない」
そう言われてもなぁ。
「時にディルムットよ。そなたは生まれながらに魔法を授かっておるそうじゃな」
「は、はい……」
ここに来て錬金魔法のことを問われるとは。
相手はこの国の宰相。
ま、まさか……今回の騒動を揉み消す代わりに、俺の錬金魔法で悪だくみを――はないな。
うん、変なドラマや漫画に影響され過ぎ。
この宰相からは、悪代官的な感じは全くしない。
むしろ不正は絶対許さないマンな、どっちかというと水戸黄門タイプだろう。
「その魔法、錬金であったな?」
「……はい」
違うよな? 悪代官じゃないよな?
「錬金出来るのは木材のみ――相違ないな?」
「はい。木材のみです」
水戸黄門。水戸黄門であってくれ。
「まことに、木材のみか?」
クッ。悪代官なのか?
沈黙が続く。早く答えなきゃ、余計に怪しまれるのに。
だけどあの鋭い眼光に見つめられると、嘘を見破られそうで答えられない。
「ふむ。それが答えなようじゃな」
「さ、宰相閣下っ。あの――」
「お主は木材しか錬金出来ぬ。そうじゃな」
「……え?」
宰相がほんの少し、笑った気がした。
いやらしい笑いじゃない。どこか優しくも見える笑みだ。
「あ、あの、どういうことでしょうか? 閣下は錬金魔法のことを――」
「わしは『木材だけか?』と尋ねた。そしてお前は『はい』と答えた。それだけのことであろう?」
いやそうだけど。え? この人、探りを入れておきながら知らんフリをするってのか?
「もう帰ってよい。明日は忙しくなるであろうから、今夜はゆっくり休みなさい」
「あの、僕らはどうなりますか?」
意図せずして口から出てしまった。でもなぜだか、それを聞ける雰囲気があると思って。
「ふぅ……お主の部屋からホーヘンベルク侯爵夫人のネックレスが出てきたことは、紛れもない事実じゃ。故に他の証言があろうと、真犯人について追及するのは難しい」
し、真犯人って言った。つまり真犯人がいることをわかっているってこと!?
同時に、俺が犯人でないことを証明するのは、やっぱり難しいことがわかった。
「まぁそう心配するでない。お主には、その魔法を存分に活用できる場を用意してやろう」
「え……れ、錬金魔法を?」
あ、あれ? やっぱり俺、悪代官に利用されるパターン?
不安を抱きながら迎えた翌日。
俺たち一家は謁見の間へと通された。
もちろん、そこにいるのはここ、オルフォンス王国の王様だ。
「ディルムット・シュパンベルク。そなたはホーヘンベルク侯爵家から、侯爵夫人の持ち物であるエメラルドのネックレスを盗んだ。それに相違ないか?」
「いいえ。僕は侯爵夫人のネックレスを盗んでいません」
無実の罪を着せられることは決定している。だからって認めるものかっ。
「そうか、では――」
「情けない! この期に及んで陛下の前でも嘘をつき通すとはっ」
声を荒げたのはクソ伯父上だ。俺がいろいろ追及されることで、ランドファスの名が出ることを恐れたのだろう。
「陛下。不遜な甥ではありますが、それでもかわいい身内には違いありません。どうか、どうか弟一家の処断、このわたしめにお任せ――」
ダンっと、謁見の間に鈍い音が響く。
王が手に持つ錫杖を床で打ち鳴らした音だ。
「黙れ!」
「ひっ」
「此度の件はホーヘンベルク侯爵より直々に余の元へ報告が入っておるっ。状況から判断して、ディルムット男爵子息が犯人とするのは早計!」
「で、ですがネックレスはっ」
「黙れと言っておろう、シュパンベルク伯爵。それとも主は、甥が犯人でなければならない理由でもあるのか?」
「そ、それは……ご、ございません」
まさか陛下は、犯人がランドファスだって知っている?
知ってはいるが、物的証拠が俺の方に出てしまっているからこうせざるを得ない。
謁見の間には大勢の貴族がいて、それはつまりこの件が世間に広まっているってこと。
うちの男爵家は一般的には好感を持たれている方だけど、そうじゃない貴族もいる。
金鉱山を発見したっていう点で、嫉んでいる貴族もいるからだ。
そういう家門は、今回の件を喜んで吹聴しまくっただろう。
「ディルムット男爵子息が犯人であると決めつけることは早計だ。だが物的証拠が出ている以上、ひとまず犯人はディルムットとするしか他ない」
それを聞いたクソ伯父上の顔に、いびつな笑みが浮かぶ。その隣で老婦人――義理の祖母もほくそ笑んだ。まったく親子でロクな奴じゃないな。
あとなランドファス。あっかんべーして喜んでるが、お前、ちゃんと疑われているんだからな。
「ホーヘンベルク侯爵家より情状酌量の余地という打診も受けておる」
謁見の間がざわつく。
被害者が加害者の救済を求めているのだから、まぁそうなるわな。
侯爵は俺じゃなく、ランドファスが犯人だと思っているし、騎士団が押しかけて来る前日にクソ伯父上が来たことも伝えてある。
その時にネックレスを俺の部屋に隠したとわかっているはずだ。救済を求めるのも当然っちゃ当然だ。
「それも踏まえ、シュパンベルク家に此度の件の刑を言い渡す。シュパンベルク男爵よ」
「は、はい」
「そなたらの一家には、南の辺境の地ゼナスに向かって貰う」
「はい、謹んで刑をお受け――え?」
へ、辺境に……行け?
え、どういうこと?




