第4話:『鋼鉄カボチャと冒険者』
ゴブリン襲撃から数日後。
テルマ村は、奇跡的な活気に包まれていた。
「へい、アルトさん! このトマト、マジで美味いッスね!」
「なんだ、このカボチャは! 噛んだら歯が欠けちまったぞ!」
「見て見て! アルトが育てたハーブ、塗ったら傷がすぐ治った!」
広場には屋台が立ち並び、村人たちが俺の育てた作物を売り買いしている。
【爆裂トマト】は、その強烈な爆発力と魔物への特効性が買われ、「ゴブリンキラー」として自警団御用達の武器になっていた。当然、食用ではない。
一方、食用として人気なのは、俺がガイアの力で育てた【超回復ハーブ】や、謎の【黄金小麦】で作ったパン、そして……【鋼鉄カボチャ】だ。
この【鋼鉄カボチャ】は、その名の通り、まるで鋼鉄のように硬い。
普通のカボチャと同じように調理もできるのだが、切るのが一苦労。でも、栄養価は通常のカボチャの百倍で、一口食べれば数日分の満腹感が得られるという優れものだった。
しかも、食べなくてもその硬さから、魔物除けの壁や、ちょっとした防具代わりにも使えることが判明していた。
「まさか、あの死んだ土地が、こんな豊穣の畑になるとはな……」
リック村長が、しみじみと俺の畑を見つめていた。
村の雰囲気は、ゴブリン襲撃前の暗く絶望的なものから、明るく希望に満ちたものへと劇的に変化していた。
これも全て、俺とガイアの【神聖農業】のおかげだ。
「アルトさんのおかげですよ、本当に。あんたは、この村の宝だ」
リリアも、はにかみながら俺に感謝の言葉をくれる。
彼女の頬は、あのゴブリン襲撃の日以来、いつもほんのり赤く染まっている気がした。
(……まさか、俺のトマト投げにときめいたとか……? いやいや、流石にないだろ)
俺は頭をブンブン振って、そんな妄想を打ち消した。
村の平和は、着実に俺の心を癒やしていった。
追放された傷も、雑草と呼ばれた屈辱も、ここテルマ村で、土を耕し、作物を育てることで、少しずつ癒えていくのを感じていた。
俺は、ここにいてもいいんだ。
俺の力は、役に立つんだ。
そんなある日のこと。
村に、見慣れない男たちがやってきた。
軽装だが、腰には立派な剣や斧を差している。
「冒険者、か?」
リック村長が、警戒するように呟いた。
「おい、そこの村長。この辺で、妙な噂を聞いたんだがな」
冒険者の一人が、ニヤニヤしながらリック村長に詰め寄る。
「なんでも、魔物をトマトで倒したとか、鋼鉄のカボチャがあるとか……ま、そんな与太話、信じちゃいねえがな。だが、もし本当なら、その『おかしな作物』とやらを、俺たちに献上してもらうぜ?」
男の顔には、露骨な強欲さが浮かんでいた。
彼らはC級冒険者のパーティで、リーダー格の男は「バート」と名乗った。
見るからに腕っぷしは強そうだが、その態度は傲岸不遜そのものだった。
「あんたたちには関係ないだろう! 俺たちの村の作物だ!」
リック村長が怒鳴るが、バートは鼻で笑う。
「フン。こんな辺境の村が、貴重な作物を独り占めできるとでも? おい、お前ら! その『鋼鉄のカボチャ』とやらを、一つ持ってこい! 本当に硬いのか、試してやる!」
「やめろ!」
自警団の面々が立ちはだかるが、C級冒険者との実力差は歴然。
バートの手下の一人が、自警団の男を軽々と吹き飛ばした。
「てめえら……!」
その時、俺は静かに畑から近づいていった。
俺の姿に気づいたバートは、フン、と鼻を鳴らす。
「なんだ、貴様は。農民の分際で前に出るな。この村のリーダーは、この爺さんだろ?」
「俺は、この畑の責任者だ」
俺は、淡々と言い放った。
「俺の畑に、許可なく入る奴は、害獣とみなす」
「ハハハハ! 畑の責任者だと? 坊主、お前が噂の『トマト野郎』か?」
バートは、俺の持つガイア(クワ)を一瞥し、さらに馬鹿にしたように笑った。
「そんなクワ一本で、俺たち冒険者に歯向かう気か? いいぜ、その『鋼鉄カボチャ』とやらで、俺の剣が折れるか試してやる」
バートは、腰の剣に手をかけた。その剣は、王都の貴族が持つような、上等なものではないが、切れ味鋭そうな業物だ。
「ガイア……」
俺は、静かにクワを地面に突き立てた。
そして、その辺にゴロゴロ転がっていた、赤ん坊の頭よりも一回り大きな【鋼鉄カボチャ】を一つ拾い上げた。
「これか? このカボチャで、俺を倒すつもりか? おいおい、腹が痛えぜ!」
バートは嘲笑う。
「いいだろう。貴様のそのカボチャを、俺の剣で真っ二つにしてやる。そしたら、泣いて謝罪しろ。そして、全ての作物を俺たちに差し出せ」
「いいぜ。だが、もしその剣が折れたら……」
俺は、冷たい視線でバートを見据えた。
「テメェら全員、この村に二度と出てこられないように、俺の畑の肥やしになってくれ」
その言葉に、バートの顔が凍り付いた。
俺の目には、冗談を言っているようには見えなかったからだ。
「フン! 舐めるなよ、農民風情が!」
バートは激昂し、剣を抜き放った。
「死ねぇ! 【剣技・瞬閃】!」
C級冒険者の放つ剣技は、目にも止まらぬ速さで、真っ直ぐに俺の首元へと迫る。
俺は、一歩も動かない。
ただ、手に持った【鋼鉄カボチャ】を、剣の軌道に合わせて、ヘルメットのように頭にかぶっただけだった。
キィィィィィィィィン!!
けたたましい金属音が、広場に響き渡った!
俺の首元を狙ったバートの剣が、【鋼鉄カボチャ】に直撃したのだ。
「なっ!?」
バートは、自分の剣を見て、絶句した。
その剣の切っ先が、【鋼鉄カボチャ】に触れた途端、まるでガラス細工のように、粉々に砕け散っていたのだ。
俺の頭に乗ったカボチャには、傷一つついていない。
「は、はああああああ!?」
バートは、腰を抜かして尻餅をついた。
その顔は、恐怖と混乱で引きつっている。
「言ったろ? これは【鋼鉄カボチャ】だって」
俺は、涼しい顔でカボチャを頭から外し、無傷のそれを見せつけた。
「まさか、C級冒険者の剣が、俺の畑で採れたカボチャより弱いとはな。失望したぜ」
「バ、バカな……! 俺の剣が……このカボチャに……!」
バートの顔から血の気が引いていく。
他の冒険者たちも、その光景に呆然としていた。
「さあ、約束は果たしてもらうぜ」
俺は、無傷の【鋼鉄カボチャ】を地面に置き、再びガイアを肩に担いだ。
「俺の畑に、二度と害獣は寄せ付けねえ。お前らも、その『剣』とやらを捨てて、俺の畑の肥料になれ」
俺の目に、本物の殺気が宿っていることを悟ったバートたちは、ガタガタと震え出した。
「ひっ! ひぃぃぃ! 勘弁してくれ! 悪かった! 俺たちが間違っていた! 命だけは……!」
バートは、地べたに頭を擦り付けて命乞いを始めた。
「ほう? 命乞い、か。なら、俺の質問に答えろ」
俺は、ゆっくりとガイアの先端をバートの首元に突きつける。
「お前たち、なんでこんな辺境まで来た? 普通の冒険者なら、王都周辺の魔物討伐の方が稼げるだろ?」
「そ、それは……!」
バートは、一瞬口ごもったが、俺の殺気に耐えきれず、全てを白状した。
「最近、王都周辺の畑が不作で……特に、バルフォア領で壊滅的な被害が出てるんです……。その影響で、魔物の活動が活発化して……食料も不足し始めてて……」
バルフォア領。
俺の実家だ。
そして、不作と魔物の活発化。
思い当たる節があった。俺が追放されてから、俺が植えていた「魔力調整ハーブ」が枯れたのが原因か。
「それで、俺たちがこんな辺境まで来て、食料になるようなもの、あるいは金になるようなものを探せって、ギルドから言われて……」
バートは、震えながら全てを吐き出した。
「フン。なるほどな」
俺は、ガイアをバートの首元から離した。
「いいぜ。命までは取らねえ。だが、二度とこの村に近づくな。そして、お前らの愚かさを、王都に広めろ」
「は、はいっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
バートたちは、這う這うの体で広場から逃げ出していった。
「アルトさん……」
リック村長が、呆然と俺を見つめている。
「お前さん、本当に……」
「何でもないですよ、リックさん」
俺は、何でもないというように肩をすくめ、再び畑へと戻っていく。
「ただ、俺の畑の害獣を駆除しただけです」
俺は、ガイアを肩に担ぎ、広がる漆黒の畑を見渡した。
王都が不作?
俺の元婚約者がいるアシュフォード侯爵家も、バルフォア子爵家も、困っているだろうな。
(今さら俺を頼ってきても、遅いんだがな)
俺は、ニヤリと不敵に笑った。
ニューヒーロー(最強農家)の力は、こんなものじゃない。
最強の農民、その伝説はまだ始まったばかりだ




