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追放された俺、【神農具】で最強農家に! ~聖女も令嬢も俺の野菜に夢中。今さら実家(雑草)に泣きつかれても遅いんだが?~  作者: うはっきゅう


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第一話:追放とクワ

「アルト・バルフォア! 貴様は今日この瞬間をもって、我がバルフォア子爵家の者にあらず! この雑草めが!」


 ビリビリと空気を震わせる怒声が、冷たく磨き上げられた大理石のホールに響き渡った。

 声の主は、俺の父親――ロードリック・バルフォア子爵。その顔は、まるで不倶戴天の敵でも見るかのように、憎悪と侮蔑に歪んでいた。


 俺、アルト・バルフォア。御年18歳。

 このバルフォア子爵家の三男として生を受けた、しがない男だ。


 この世界において、貴族の価値は二つで決まる。

 一つは、剣才。騎士として領地と王国を守る力。

 一つは、魔力。魔術師として、あるいは魔道具の開発者として国に貢献する知恵。


 そして俺には、そのどちらもが無かった。


 長兄は、王立騎士団でも五指に入ると噂されるほどの剣豪。

 次兄は、宮廷魔術師団にスカウトされるほどの天才。


 では、三男の俺は?

 剣を握れば豆ができ、魔法を唱えようとすればマナが循環せずにぶっ倒れる。

 鑑定の儀式で授かったスキルは、【農業:Lv.1】。

 ……は? のうぎょう?


 貴族が土いじりなど、あり得ない。恥もいいところだ。

 そう言われ続け、俺はこの18年間、屋敷の片隅で息を潜めるように生きてきた。まるで存在しないかのように扱われ、使用人以下の扱いを受け、それでも「いつかきっと」と、痩せ我慢を続けてきた。


 だが、それも今日で終わりだ。


「父上! お待ちください! アルトだって、いつか才能が開花するかもしれません! 【農業】スキルだって、何かの役に立つはず…!」

 俺を庇おうとしてくれたのは、メイドのアンナだけだった。彼女は幼い頃から俺の世話をしてくれた、唯一の味方だ。

 だが、そのか細い声は、父の怒声によって無残にかき消された。


「黙れ、下賤の者が! こいつは雑草だ! 我が家の栄光ある庭園に生えた、ただの雑草なのだ! 刈り取って捨てるのが当然だろうが!」

 父の言葉に、長兄と次兄が冷笑を浮かべているのが視界の端に入る。クスクスと笑う使用人たちの声も聞こえる。


 ああ、そうか。俺は雑草だったのか。

 ずっと、そう言われ続けてきた。

「お前はバルフォア家の雑草だ」と。


 雑草。

 誰にも望まれず、ただそこにあるだけで疎まれ、踏みつけられ、引き抜かれる存在。

 それが、俺。


「……わかりました」

 俺は、震える声でそれだけを絞り出した。

 抵抗する力も、気力もなかった。ただ、この冷たい場所から一刻も早く消え去りたかった。


「フン。物分かりが良くて助かるわい。即刻出て行け! 貴様の顔など二度と見たくない!」

 父はそう吐き捨てると、もう俺に興味はないとばかりに背を向けた。


 だが、地獄はまだ終わらない。

 俺が荷物(と言っても、着の身着のままのボロ服だけだが)を持って屋敷の門を出ようとした時、そこに一台の豪華な馬車が止まった。


 降りてきたのは、息を呑むほどの美少女。

 絹のようなプラチナブロンドの髪、ルビーのように輝く瞳。この国でも有数の権力を持つ、アシュフォード侯爵家の令嬢、イザベラ・フォン・アシュフォード。

 ……俺の、婚約者だった女だ。


「あら、アルトじゃない。そんな汚い格好で、どこかにお出かけ? まるで乞食みたいですわ」

 彼女は、扇子で口元を隠しながら、凍るような視線で俺を見下した。


「イザベラ様……」

「奇遇ですわね。私も、ちょうどあなたに用があって来たところよ」


 彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、俺の顔に叩きつけるように投げつけた。

 ヒラリと舞い落ちたそれには、『婚約破棄』の文字が踊っていた。


「知っているでしょう? 私の父は、あなたの長兄の剣才と、次兄の魔才を高く評価しているわ。将来、我が家とバルフォア家が強固な繋がりを持つために、暫定的に三男のあなたと婚約していただけ」

「……」

「でも、もう必要ないわ。あなたという『雑草』が家から追い出されると聞いて、清々したわ!」


 イザベラの言葉は、父の言葉よりも鋭く俺の心を抉った。

 幼い頃、一度だけ「君の瞳、お父様の畑で見たアメジストみたい」と、唯一褒められた【農業】の知識で彼女の花壇の花を褒めたことがある。その時、彼女は一瞬だけ、本当に嬉しそうに笑ってくれた気がした。

 ……全部、俺の勘違いだったらしい。


「あなたみたいな役立たず、いらないわ。私の隣に立つ男は、最強でなくてはならないの」

「……そう、ですか」

「ええ。せいぜい、どこかの田舎で土でもいじって暮らすことね。ああ、でも魔物が出るような場所では、あなた、3日も持たないかしら? ウフフ」


 心底楽しそうに笑うイザベラ。

 その顔は、俺が今まで見たどんな魔物よりも、醜悪に見えた。


 俺は何も言い返せず、ただ唇を噛み締めた。

 悔しい? 悲しい?

 そんな感情はとうに麻痺していた。ただ、冷たい風が、追放された貴族の三男の、薄汚れた服を吹き抜けていくだけだった。


「さようなら、雑草さん」


 イザベラはそう言い残し、馬車に乗り込んで去っていった。

 俺は、誰からも見送られることなく、生まれ育った屋敷を後にした。

 行く当ても、金も、希望もない。


 ---


 どれくらい歩いただろうか。

 日が暮れ、夜が明け、また日が暮れる。

 貴族街を抜け、平民街を抜け、城壁の外へ。

 街道を外れ、森を抜け、獣道をひたすらに歩き続けた。


 喉はカラカラで、腹は背中とくっつきそうだ。

 森で出くわしたゴブリンの群れからは、死に物狂いで逃げた。剣も魔法も使えない俺は、ただ逃げることしかできない。それこそが、俺が「雑草」である何よりの証拠だった。


(このまま、死ぬのかな)


 朦朧とする意識の中、俺はついに力尽き、倒れ込んだ。

 ひんやりとした土の感触が、頬に心地よかった。

 ああ、俺は雑草だから、やっぱり土の上がお似合いなんだな、と。そんな馬鹿げたことを考えた。


「……ん? ……人か?」


 遠くで声が聞こえた。

 俺は最後の力を振り絞って目を開ける。そこには、粗末な革鎧をまとった、いかにも「村の自警団」といった風情の男たちが立っていた。


「おい、まだ息があるぞ!」

「こんなところで倒れてるなんて…スライムにでもやられたか?」

「いや、こいつ、服はボロボロだが生地は良い。貴族か…?」


 彼らは俺を担ぎ上げ、どこかへ運んでくれた。

 次に俺が目を覚ました時、そこに広がっていたのは、見知らぬ粗末な木造の小屋の天井だった。


「目が覚めたか、坊主」

 声をかけてきたのは、屈強な体つきの中年男性。村長のリックと名乗った。


 聞けば、ここは王都から遥か遠く、魔の森と山脈に囲まれた辺境の村、「テルマ村」だという。

 俺は村はずれで倒れていたところを、見回りをしていた彼らに保護されたらしかった。


「追放された、貴族の三男…ねえ」

 俺の事情を話すと、リック村長は太い眉をひそめた。

「剣も魔法も使えねえ、か。そいつは…この村じゃあ、ちと厳しいかもしれねえな」


 テルマ村。

 それは、控えめに言っても「終わっている」村だった。

 家々はボロボロで、畑は見るからに痩せ細っている。村人たちの顔には活気がなく、皆、ゴブリンやオークの襲撃に怯えながら、その日暮らしを続けていた。


「この村は、昔は豊かな土地だったんだがな。10年前に魔物のスタンピードがあってから、すっかり荒れちまってよ。土地は痩せる一方で、まともな作物が育たねえ」

 リック村長は、窓の外に広がる荒れ地を見ながら、深いため息をついた。


「……」

 俺は言葉もなかった。

 追放された先が、こんな絶望的な場所だったとは。

 剣も魔法も使えない俺は、ここで何ができる?

 足手まT…いや、雑草は、ここでも雑草でしかないのか?


「ま、まあ、元気が出るまでここにいろや。食いもんは…あんまりねえが、芋のスープくらいなら出してやる」

 リック村長はそう言って、小屋を出て行った。


 一人残された俺は、ギシギシと鳴るベッドの上で膝を抱えた。

 絶望。

 ただ、その二文字だけが、俺の頭の中を支配していた。

 父に罵られ、婚約者に捨てられ、流れ着いた先は、明日をも知れぬ辺境の村。

 俺のスキルは【農業:Lv.1】。

 この痩せ細った、石ころだらけの土地で、一体何をしろと?


「……クソッ」

 声に出た。

「クソッ! クソッ! クソッ!」


 何が【農業】だ!

 こんなスキル、何の役にも立たないじゃないか!

 剣さえ使えれば、せめて魔物と戦う真似事くらいはできた。

 魔法さえ使えれば、水を出すくらいはできたかもしれない。

 なのに、農業?


 俺は、何のために生まれてきたんだ?

 雑草として、ただ踏まれて枯れるためだけに?


「うわあああああああ!」

 俺は衝動的に小屋を飛び出した。

 村人たちがギョッとした顔で俺を見るが、関係ない。

 俺は走った。村はずれの、誰もいない荒れ地まで。


 そこは、かつて畑だった場所らしい。

 だが今は、雑草すらまばらにしか生えていない、死んだ土地が広がっているだけだ。

 石がゴロゴロと転がり、土は乾ききってひび割れている。


「なんでだよ……!」

 俺は地面を殴りつけた。

 硬い土が、貴族育ちの柔な拳を容赦なく傷つける。血が滲んだ。


「なんで、俺なんだよ……!」


 涙が溢れてきた。

 18年間、ずっと我慢してきた。

 雑草と呼ばれても、役立たずと罵られても、いつか、いつかきっと、俺にも何かできることがあるはずだと信じてきた。

 だが、現実はこれだ。


 俺は、もう、どうでもよくなった。

 ここで野垂れ死ぬのも、ゴブリンに食われるのも、同じことだ。


 俺は、荒れ地の真ん中に突っ立っていた、奇妙な「棒」を睨みつけた。

 それは、まるで誰かが突き立てて忘れていったかのような、古びた農具だった。

 柄は朽ちかけ、先端の金属部分は赤黒く錆びついている。

 ……クワ、か。


「ハハ……」

 乾いた笑いが漏れた。

【農業】スキルの俺に、お似合いの墓標じゃないか。


「いいぜ……」

 俺は、ヤケクソだった。

 どうせ死ぬなら、この役立たずのスキルを、この役立たずの農具で、この役立たずの土地に、一発叩きつけてから死んでやろう。


 俺は、錆びたクワの柄を握りしめた。

 ズシリ、と。

 想像していたよりも、遥かに重い。

 ボロボロの見た目とは裏腹に、その「棒」は異様な存在感を放っていた。


「う……おおおおおおおお!!」

 俺はありったけの力を込めて、そのクワを振り上げた。

 そして、乾ききった大地に向かって、叩きつけるように、突き立てた!


 ガキン!

 鈍い音が響く。

 石にでも当たったのか?


 いや、違う。


 突き立てた瞬間、俺の全身を、経験したことのない衝撃が駆け抜けた。


 ビビビビビビビビビ!!


 まるで、全身の血管に高圧電流が流し込まれたような、凄まじい痺れ。

 そして――脳内に、直接、声が響いた。


 《――認識。適合。……認証完了》


「……え?」


 声? いま、声が聞こえなかったか?


 《永き時を経て…ようやく見つけたぞ、我が『主』よ》


 低い、だが荘厳で、どこか懐かしいような声が、頭の中で反響する。

 俺は、呆然と、自分が握りしめているクワを見た。


 《――我、汝を『主』と認める。我が名は【ガイア】。星の息吹を司る、【伝説の神農具・クワ】なり》


「…………は?」


 クワが、喋った。


 俺が握りしめている、あのボロボロで錆びだらけのクワが、今、確かに喋った。


 《さあ、契約だ、我が主よ。汝のマナを注ぎ込め。さすれば我は、汝に応えよう。この死んだ大地に、再び生命いのちを芽吹かせる力を、与えようぞ!》


 その声と同時に、錆びついていたクワの金属部分が、まるで呼吸を始めたかのように、淡い、温かな光を放ち始めた。


「え? え? ええええええ!?」


【神農具】? 【ガイア】?

 なんだそれ!?

 つーか、クワが喋るって、どういうことだ!?


 俺は、自分の身に何が起こったのか全く理解できないまま、光り輝き始めたクワを握りしめ、ただただ荒れ地の真ん中で、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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