第九十八話 創世の階梯〈クリエイション・ステップ〉
虚無の咆哮が途切れ、光の海が静寂に沈む。
蓮は息を整えながら拳を下ろした。
傷跡のような闇が光の大地に刻まれ、そこから黒い蒸気が立ちのぼる。
それは先ほどまで蓮たちを飲み込もうとしていた“無定形絶対虚〈アナイア・ゼロ〉”が、再構成される前に逃げ散った残骸だった。
「……消えた?」
カイエンが剣を下ろし、肩で息をする。
「消滅したわけじゃない。蓮の創造で“押し返しただけ”」
ミストが解析装置を立ち上げ、空間データを確認した。
「虚無は一度崩されても、必ずどこかで再集合する。ここが“創世の座”である以上、まだ終わってはいない」
「なら、どうすれば終わるの?」
ネフェリスが不安げに蓮を見る。
二歩先の未来を見ているようなその瞳に、蓮は強く答えた。
「……終わらせるんじゃない。“始まりを創る”んだ」
その瞬間。
光の海が、波を立てて震えた。
蓮の言葉に反応したかのように、世界が新たな構造へ移行する――そんな感覚。
「これは……確定因果の“更新”だ」
ノアが息を呑む。
「蓮の意志が“創造の条件”として世界に認識された……?」
「そう。創造主の核心へ至るための条件――“意志による選択”よ」
イリスが白銀の髪を揺らしながら告げた。
「蓮。あなたが先ほど言った言葉は、この領域そのものを動かした。創造の座は、あなたの意志を“階梯”へ変換し始めている」
「……階梯?」
蓮が問い返すより早く。
光の海が切り開かれ、天へ向かう巨大な階段が姿を現した。
その段数は――無限。
いや、見る角度によって“変わる”。
「こ、これ……本当に階段?」
リーナが絶句する。
「創造主を試すための“概念階段”だよ」
マリルが目を輝かせる。
「物理法則より“意思の強度”で構成されてる!」
「つまり、気持ちで登る階段ってことだね!」
ネフェリスの言葉に、シャムが苦笑した。
「お前みたいのが大好きそうなやつだな……」
階段の麓には、光の台座が一つ。
そこに刻まれた文字が、蓮たちに意味を告げる。
《創世の第一階梯:存在証明》
汝、自らの存在理由を示せ。
創造主たる資格を、意志と言葉で証明せよ。
「……存在理由か」
蓮は小さく息をついた。
「蓮。あなたは何のために、創造主になろうとしてる?」
イリスが静かに問いかける。
「逃げるためじゃない。世界を捨てるためでもない」
蓮は階段へ足を踏み出した。
「――仲間と作りたいからだ」
光が揺れ、階段の一段目が“固定”される。
「俺が作る世界は、俺だけの世界じゃない。みんなの想いを、願いを、未来を――全部抱えて進むための世界だ」
二段目が光となり、蓮を迎える。
『存在理由……安定性……確認』
虚無とは違う、澄んだ声が空間に響く。
「蓮」
リーナが前へ出る。
「私にとっての存在理由は、“あなたと一緒に生きたいから”だよ」
その言葉は真っ直ぐで、恥じらいはほとんどなかった。
「リーナ……」
蓮の目がわずかに揺れる。
だが、リーナは頬を赤らめながらも真剣だった。
「世界がどうなろうと、私はあなたを選んだんだから。理由なんて、他にいらない」
三段目が光る。
「……まったく、あんたは昔から強い女だよ」
蓮は苦笑し、しかしその言葉に深く支えられた。
「次、僕もいい?」
ノアが静かに手を挙げた。
「僕の存在理由は……“ここで生きた記録を未来へ渡すため”。そして、もう二度とあの孤独を繰り返さないため」
「ノア……」
蓮は胸が熱くなるのを感じた。
「俺だって言わせろよ」
シャムが不敵に笑う。
「俺の理由は単純だ。蓮が前に進むとき、俺が横にいなきゃダメだろ」
「……なんで横なんだよ」
「後ろだと守りにくいだろ?」
「……ったくお前ら……」
階段が次々と“確定”してゆく。
まるで、蓮たちの想いが現実へと固定されていくように。
最後に、イリスが蓮の前に歩み出た。
白銀の瞳が、真っ直ぐ蓮を見る。
「私の存在理由は――あなたの隣で未来を創ること。私は創世の残滓として“世界に従う役目”だった。でも今は違う」
イリスは蓮に手を差し出した。
「蓮。あなたが創る世界に、私も生きていたい」
「……イリス……!」
その手を握った瞬間、階段が閃光を放った。
《第一階梯、突破》
階段がゆっくりと上へ伸び、空間に新たな文字が浮かぶ。
《第二階梯:創造の形》
汝、創る世界の“姿”を示せ。
まだ形なき未来へ、色と構造を与えよ。
「蓮。次は……“世界を描け”ってことだね」
マリルが息を呑む。
「抽象じゃないわ。創造主としての“具体的なビジョン”を問われる」
ミストも真剣だ。
「ついに来たわね……創造の核心」
イリスは蓮の手を強く握った。
蓮は静かに目を閉じ、未来の光景を思い描いた。
(俺が創りたい世界は――)
平和か。
繁栄か。
自由か。
それとも――
もっと別の“形”か。
蓮の意識が深く沈み込んでいく。
(仲間たちと、生きたい世界……)
光が、彼の胸から溢れ出した。
仲間たちは息を呑み、その光の中へ身を浸す。
「蓮……あなたが“世界の形”を語るのね……」
イリスは胸を押さえながら微笑む。
階段はまだ果てしなく続いている。
しかし――
世界が蓮に問いかけたのだ。
“お前の描く未来はどんな世界だ?”
そして蓮は、その問いに応えるために、ゆっくりと口を開いた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




