第九十四話 原初創世圏〈ジ・オリジン・ドメイン〉
――再創世の鐘が三度、鳴り響いた。
それは、世界が完全な“創造相”へと移行する合図だった。
空には巨大な光輪が浮かび、大地には新たな生命の芽が生まれ始めている。
だが、蓮たちが立つ場所は、もはや“現実”ではなかった。
「……空が、動いてる?」
リーナが空を見上げ、息を呑む。
雲が流れているのではない。
“空間そのもの”が脈動し、まるで呼吸するように明滅していた。
「ここが“原初創世圏〈ジ・オリジン・ドメイン〉”か」
蓮が呟く。
足元には、幾何学的な文様が輝き、周囲の空間が階層ごとに上下へと延びている。
「この構造……世界そのものを支える多層演算領域。つまり、創造神の設計室ね」
ミストが淡々と解析を進めながら言った。
「神の設計室、ねぇ……。何か落ち着かねぇ場所だな」
カイエンが眉をひそめ、周囲を見渡す。
「でも、ここが最後のステージってことは確かだ」
シャムが槍を肩に乗せる。
「なら、派手に行こうぜ。俺たちらしくな」
蓮は笑みを浮かべ、頷いた。
「……そうだな。ここで全部、終わらせよう。いや――始めよう」
◆ ◆ ◆
だが、“創造圏”の中心に辿り着くより先に、空間が震えた。
「……何か来る!」
リーナの叫びと同時に、空中に裂け目が走る。
そこから黒い光が溢れ出し、形を成した。
――それは、“蓮”だった。
「っ……おいおい、嘘だろ」
カイエンが驚愕に目を見開く。
目の前に立つのは、確かに蓮と同じ顔、同じ姿。
だが、その瞳は深い漆黒に染まり、声はどこか機械的だった。
「……また、お前か。いや――」
蓮は剣を構えながら、違和感を口にする。
「前の『アナザー・レン』とは違う。もっと根源的な……俺の心の影そのものか」
「ご明察だ。俺は、お前だ」
黒蓮――“パラレル・レン”が静かに答えた。
「お前が捨てた道、拒んだ選択、封じた可能性。それらが集まり、俺という存在になった。――無限の再創世を望む、もう一人の“創造者”だ」
「再創世を……無限に?」
イリスが眉を寄せる。
「そうだ。世界を何度でもやり直せばいい。苦しみも、後悔も、すべてなかったことにできる。――完璧な創造とは、永遠のやり直しだ」
「……ふざけるな!」
リーナが剣を抜いた。
「そんなのは創造じゃない! “逃避”だ!」
「逃避……か。けれど、人は常にやり直しを望む。死者を救いたい。間違いを消したい。悲劇を覆したい。――それを否定する資格が、お前たちにあるのか?」
その声には、冷たさではなく哀しみがあった。
蓮は、静かに息を吐いた。
「確かに……俺も、何度もそう思った。やり直せたら、救えた命があったかもしれない。でも、それでも前に進むって決めたんだ。やり直すためじゃなく、“進むために創る”ってな」
黒蓮は、ゆっくりと瞳を細めた。
「なら、証明してみろ。お前が“選んだ世界”が正しいと――」
次の瞬間、空間全体が反転する。
黒蓮の背後に、無数の光の鎖が浮かび上がった。
それは創造因子そのものの具現化。
「始めよう、“原初創世審判〈ジ・アーク・トライアル〉”。お前の創造を、俺が試す」
◆ ◆ ◆
空間が歪み、戦場が展開された。
蓮たちは浮遊する光の大地に立つ。
その上空には、神々の残響が星のように漂っていた。
黒蓮が右手を掲げる。
次の瞬間、光が弾け――“時間”が止まった。
「これは……!」
ミストが即座に反応する。
「時空の多層固定! 複数の過去・未来を同時に重ねてる!」
「そうだ。“選ばれなかった未来”を具現化した空間――無限の可能性を、お前に叩きつける!」
黒蓮の周囲に、いくつもの“もう一つの現実”が現れる。
帝国が滅びず繁栄を続けた世界。
イリスが女神として神殿に縛られた世界。
リーナとシャムが出会わなかった世界。
蓮が“逃げなかった”世界――。
それぞれの世界が、蓮たちの前に幻として展開される。
その中で、人々は笑い、泣き、滅び、また再生している。
「これが……もし俺たちが違う選択をしていたら……」
ネフェリスの声が震える。
「全部、あり得た未来だ。お前が誰かを選んだから、失われた道だ」
黒蓮が淡々と言い放つ。
リーナが拳を握りしめる。
「たとえそうでも、私は後悔してない!だって、あの時の選択があったから、今ここにいる!」
彼女の言葉に、シャムが頷く。
「そうだ。失ったものを背負ってでも、生きる。それが俺たちだ」
イリスが蓮の手を握る。
「レン。創造とは、未来を作ること。過去に縛られることじゃない」
「……ああ」
蓮の瞳に光が宿る。
剣が共鳴する。
白と蒼の輝きが交錯し、黒蓮の鎖を切り裂いた。
「“無限の再創世”なんていらない。たった一度の“いま”を選び続けることこそ、俺の創造だ!」
光が奔流となって広がる。
黒蓮が一瞬、苦しげに顔を歪めた。
「……お前の“いま”が、そんなに尊いのか……!」
「尊いさ。仲間と、国と、未来がある。それだけで十分だ!」
蓮の剣が黒蓮を貫いた。
黒い光が爆ぜ、空間が再びひっくり返る。
◆ ◆ ◆
――静寂。
黒蓮は膝をつき、笑った。
「……やっぱり、お前には敵わないな」
「お前も俺だろ。だったら、共に行こう。お前の“可能性”も、この世界に必要だ」
蓮の手が差し出される。
黒蓮はわずかに迷い、そして頷いた。
「……なら、俺は“記録”として残るよ。この創造の基盤に、俺という“否定”を刻め。そうすれば、お前の世界は永遠に揺るがない」
黒蓮の身体が光に変わり、蓮の胸へと溶けていく。
イリスがそっと微笑んだ。
「これで……全てが一つに」
リーナが深く息をつく。
「長かったわね。ようやく、“創世の果て”が見えてきた」
「いや、まだ終わりじゃない」
蓮が空を見上げる。
光輪の奥、さらに上層――そこに巨大な門があった。
それは“全創の門〈アルティメット・ゲート〉”。
世界の真なる根源へと通じる扉。
「行こう。そこが、本当の“創造の終点”だ」
仲間たちは頷き、光の階段を上る。
空が開き、光が彼らを包む。
黎明の果てに、真の創造が待っている――。
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