第九十二話 虚構を超える者たち〈トランセンド・ブレイカー〉
――再創世の光が、世界を包んでいた。
すべての空間、すべての時間が再定義され、記録が新たな秩序の下で再構築される。
世界は今、“再生”の真っただ中にあった。
だが、その均衡は決して安定してはいなかった。
創造とは、同時に“虚構”を生む行為――。
その裏側で、失われた神々の意志が目を覚まそうとしていた。
イリスは、光の海の中で立ち尽くしていた。
「レン……どこにいるの……?」
彼女の掌の上では、蒼白い羽根が光を帯びて震えている。
それは“創世リンク”――蓮と彼女を結ぶ、魂の導索だった。
けれど今、その光は途切れ途切れにしか点らない。
「因果が乱れている……。このままでは、彼の魂座標が消える」
隣に立つリーナが歯を食いしばる。
「つまり、レンが“再創世の中枢”に囚われてるってことね。――行こう、イリス。彼を一人にしちゃいけない」
「うん。行こう、“虚構の中”へ」
二人が手を重ねると、空間が反応した。
地平線が裂け、そこに巨大な環が出現する。
それは因果を繋ぐ門――“虚構境界回廊〈パラディウム・コリドー〉”。
その向こうに広がるのは、存在しないはずの世界。
記録と記憶が混ざり合い、矛盾が生まれた領域だった。
◆ ◆ ◆
境界を越えた瞬間、彼女たちは異様な光景を目にした。
そこは“世界の断片”の集合体。
かつての帝都、浮遊大陸、海上都市、廃墟の神殿――すべてがねじれて連なっている。
まるで過去と未来がひとつの映像になったようだった。
「……ここは、蓮の記録世界?」
イリスの問いに、リーナが頷く。
「たぶん、そう。彼の心が覚えている“全ての世界”が混ざってる。でも、どうして……これほど歪んでいるの?」
答えるように、空間の奥から声が響いた。
「――それは、君たちが“現実”を拒んだからだよ」
声とともに現れたのは、ひとりの男だった。
白衣をまとい、片目に黒い封印の印を刻む。
その姿は、かつて蓮たちが対峙した“帝国の叡智”――アーク・ヴェイル。
「まさか……お前、生きていたのか!」
「生きている? いや、私はもう“情報”だよ」
アークは笑う。
「再創世の際、私の意識は因果に焼かれ、蓮の記録に吸収された。いまの私は、この“虚構層”に残る彼の記憶の一部――つまり、“もう一人の蓮”なんだ」
イリスは息を呑んだ。
リーナは即座に剣を構える。
「なら、私たちの敵ね。彼を惑わす存在なら――」
「待ちなさい」
アークは手を上げる。
「私は敵じゃない。だが、この虚構の奥に潜む“神群”――それが再び、世界を掌握しようとしている。私が警告しなければ、君たちは永遠にループに囚われるだろう」
「神群……?」
「そう。“虚構神群〈フィクティア〉”。再創世のプロセスの中で、排除された“不要な神々”が、自らを再定義して新世界に侵入しようとしている」
「まさか……レクシアが分裂したの……?」
「正解だ、イリス・エルフィーナ。原初神格〈レクシア〉は、創造と否定の二面を持つ。再創世の際に“否定”の部分が自立し、“虚構神群”となった。――その中枢は、いま蓮の魂に寄生している」
「レンに……!」
イリスの瞳が鋭く光る。
リーナも力強く頷いた。
「なら、行くしかない。彼を、取り戻す」
「だが急げ」
アークの声が重く響く。
「虚構神群は、彼の記録を“再定義”しようとしている。もし書き換えが完了すれば、蓮は“虚構の神”として目覚め、もう戻れない」
イリスは決意を込めて頷いた。
「ありがとう、アーク。……必ず、彼を連れ戻す」
「行け。そして――」
アークは目を閉じ、微笑んだ。
「彼を救えたなら、私の記録を消してくれ。もう、誰かの中で囁くのは疲れたから」
その声を背に、イリスとリーナは虚構の奥へと進む。
その先には、光でも闇でもない、“無限の矛盾”が渦巻いていた。
◆ ◆ ◆
一方その頃――蓮は、“再創世の中枢”にいた。
真白な空間の中、無数の歯車が回転している。
その中央に、彼は立っていた。
「……ここは、世界の設計層か」
だが、彼の傍らにはもう一つの影があった。
それは、黒い衣をまとった“自分自身”。
「……お前は?」
「俺だよ、蓮。お前の“裏側”。お前が拒んだ力、“虚構の創造者”の部分さ」
黒蓮は薄く笑う。
「世界を創るということは、常に“選択”を否定すること。お前が選んだ誰かの未来は、他の誰かの“未練”を殺す。それを理解したうえで――なお、創れるのか?」
蓮は剣を構える。
「創るさ。だが、今度は俺一人で決めない。みんなと、イリスと、共に選ぶ未来だ!」
「ならば見せてみろ。――“神を超える者たち”の力を!」
虚構が砕ける音が響く。
黒蓮と蓮の衝突は、再創世の中枢そのものを震わせた。
◆ ◆ ◆
虚構の回廊を抜け、イリスとリーナはついに“中心領域”に到達する。
そこには、二人の蓮がいた。
一人は白い光に包まれた“現実の蓮”。
もう一人は、闇に溶けた“虚構の蓮”。
「――イリス! リーナ!」
蓮の声に、イリスは駆け寄る。
だが、虚構の蓮が冷笑した。
「また来たのか。愛だの絆だのを持ち込むなよ。そんな曖昧なものが、世界を創る力になると思うか?」
「なるわ」
イリスは真っ直ぐに見据える。
「だって、私たちは“虚構”を超えて、ここまで来たんだから!」
その瞬間、彼女の胸元が光を放つ。
創世リンクが共鳴し、蓮の魂と再び繋がる。
「イリス……!」
「レン! あなたは一人じゃない! “創る”って、みんなで築くことよ!」
光が爆ぜ、虚構が砕け散る。
蓮とイリスの手が重なり、白と黒が溶け合う。
黒蓮は、穏やかに笑った。
「……やっぱり、お前には敵わないな。好きにしろ。――俺たちの世界を、創れ」
虚構が消滅し、光が全てを包み込む。
◆ ◆ ◆
――そして再び、鐘が鳴る。
“再創世の第二段階〈トランセンド・フェイズ〉”が、始まった。
蓮とイリス、リーナ、そして仲間たちは新たな地平へ――“虚構を超えた創造の戦い”へと進む。
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