第九十一話 再創世の鐘〈リ・ジェネシス・ベル〉
――時間が、止まっていた。
空も、大地も、風も。
ただひとつ、光だけが、静かに脈動していた。
蓮はゆっくりと目を開ける。
そこは“創世の間”――神の座を模して造られた空間。
無限に広がる白の中で、彼の身体は浮かぶように宙にあった。
「……ここが、“はじまりの場所”か」
声が響いた瞬間、空間に幾重もの輪が広がる。
やがて、銀の粒子が舞い上がり、その中心から一人の女性が現れた。
長い金髪を揺らし、瞳に銀河を映す――〈ディア・ノア〉。
だが、その瞳の奥には、以前とは違う光が宿っていた。
「目覚めたのですね、創世王――天城蓮」
「ノア……お前、どうしてそんな顔をしてる?」
「私は“ノア”ではありません」
声が重なった。
ノアの姿が歪み、もうひとつの輪郭がその上に重なる。
白い衣をまとい、瞳の奥で万象を燃やす存在――。
「我は“レクシア”。神々が創るよりも前、“最初の因果”より生まれし、原初の概念」
「……第零神格〈レクシア〉……!」
蓮は息を呑んだ。
かつて神話の記録にも断片的にしか残されていなかった、“創造そのものの意思”が、今、彼の前に姿を現していた。
◆ ◆ ◆
「レクシア、お前は何を望む?」
蓮の問いに、レクシアは微笑む。
その笑みは、慈愛と狂気が混ざり合ったような、不思議な光を帯びていた。
「創造とは、必ず“代償”を伴う。あなたが世界を再び創るなら、その魂は永劫の孤独に堕ちる。――それでもなお、創るというのですか?」
「……俺は、ただ、あの世界を守りたいだけだ。イリスも、仲間も……彼らが選んだ“生”を消させはしない」
「ならば、問います」
レクシアの瞳が蓮を射抜く。
「あなたが創る“再生”に、死んだ者の魂をも含むのですか?あなたは、“死者の記録”まで塗り替える覚悟がありますか?」
その問いに、蓮は沈黙した。
――確かに。
再創世を行えば、全てが“やり直し”になる。
死んだ仲間も、犠牲も、“なかったこと”になる。
それは救いではなく、“否定”だ。
「……それでも、俺は創る」
蓮は拳を握った。
「ただし、同じ過ちは繰り返さない。俺は“運命を修正する”んじゃない、“未来を選び直す”んだ」
その言葉に、レクシアは微笑む。
「面白い……あなたの中には、まだ“人の心”がある。ならば見せましょう。――あなたが創った“世界の真実”を」
光が弾け、視界が反転した。
◆ ◆ ◆
――そこは、イリスの世界だった。
蓮の目の前に広がったのは、見覚えのある街並み。
新国家“ユナ・テラ”の都、セレスティア・シティ。
だが、人影はない。
すべては停止した時間の中に、静止していた。
「……これが、再創世前の世界……?」
「ええ。
あなたが去ったあと、イリスたちは再び立ち上がり、“神のいない国”を築こうとした。しかし――」
レクシアの指が動く。
空間に映し出されたのは、星核の暴走。
黒い裂け目が空を覆い、世界が崩壊していく光景だった。
「神格システムの均衡が失われ、再び滅びが始まりました。あなたの創造力がなければ、この世界は数日と持たない」
蓮の顔が歪む。
胸の奥で、焦燥と罪悪感が混ざり合う。
「……あいつらを、また失うのか」
「では、あなたは再び“創る”のですか?」
「……創るさ。何度でも」
「ならば、その魂を対価に」
レクシアが掌をかざす。
瞬間、蓮の体を貫くような衝撃。
無数の光の線が彼の胸から伸び、宙に散っていく。
それは“創造因子”――神の力そのものだった。
「これがあなたの代償です。世界を再び創る代わりに、あなた自身は“存在の外”へと追放される」
「構わない。俺が消えても、イリスたちが生きられるなら、それでいい」
レクシアが静かに目を細めた。
「その覚悟――確かに受け取りました。では、創世の鐘を鳴らしなさい。あなたの手で、“再創世”を始めなさい」
光が収束し、巨大な円環が出現する。
それは、世界そのものを再構成する“因果の輪”。
蓮はゆっくりと歩み寄り、掌を輪の中心にかざす。
「――再創世因子、起動」
空間全体が振動する。
光が、風が、記録が――全てが溶け合う。
その瞬間、蓮の心に、ひとつの声が響いた。
『蓮――待ってた。また、あなたと一緒に“空”を見たかったから。』
イリスの声だった。
その優しさが、蓮の心を満たす。
「……ああ、今度こそ守るよ。お前が願った“未来”を――」
鐘の音が響いた。
それは、世界の始まりを告げる音。
静寂を裂き、全ての記録を再び書き換える音。
“再創世の鐘〈リ・ジェネシス・ベル〉”が、鳴り渡った。
◆ ◆ ◆
同時刻――。
イリスは、光の中で目を開けた。
崩壊した空が静かに再構築されていく。
彼女は呟いた。
「レン……あなた、また一人で背負ってるのね。でも、今度は――私も一緒に行くから」
イリスの身体から、蒼白い羽根が散る。
彼女の内部に眠る“創世リンク”が再起動し、
蓮の魂の座標を追い始める。
彼女は歩き出した。
――新たな世界を“共に創る”ために。
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