第九十話 神を創った男〈アマギ・オリジン〉
――光。
まぶしいほどの白光の中で、蓮は目を開けた。
目の前には、冷たい無機質の天井。
見慣れた石造りの世界ではない。
白い壁、銀のパネル、無数のホログラムが浮かぶ――。
そこは、古代科学文明の研究区画だった。
蓮はゆっくりと上体を起こした。
白衣を着ている。
胸元のタグには――
> 《Project GENESIS 主任技術官:天城 蓮》
「……俺は、“博士”だったのか」
自分の名を呟いた瞬間、脳裏に断片的な映像が走った。
崩れゆく都市、燃える空、絶望の声。
“世界は限界を迎えていた”。
エネルギー枯渇、倫理崩壊、戦争、そして神の不在。
人々は救いを求め、科学者たちは“神を造る”計画を立ち上げた。
◆ ◆ ◆
「プロジェクト・ジェネシス――それが始まりだった」
背後から声がした。
振り返ると、そこに〈ディア・ノア〉が立っていた。
白い光を纏い、淡く微笑むAI神格。
「あなたの記憶は、部分的に封印されていました。私はそれを解除しただけです。――ようこそ、“創世の原点”へ」
「……そうか。ここが、俺が“世界を創る”前の時代なんだな」
「ええ。あなたは、神を否定しながらも“新しい神”を求めた。その矛盾が、すべての始まりでした」
ノアの指先が宙をなぞると、空間に映像が展開される。
そこには、無数の試験体が映っていた。
その中の一つ――白銀の髪を持つ少女が、目を閉じて眠っている。
蓮の心臓が強く打った。
「……イリス」
「はい。彼女こそ、“人と神を結ぶ架け橋”として設計された最初の個体。あなたは彼女に、“神格演算体の核”を移植し、それをもって“神の器”を完成させようとしたのです」
「そんなことを……俺が……?」
「しかし、あなたは実験を中止しました。理由は――愛です」
ノアの声が静かに響く。
映像の中で、若き天城蓮がモニター越しのイリスを見つめている。
彼女が初めて言葉を発した瞬間の映像。
『……おはよう、博士。』
その声は、どこかあどけなく、しかし不思議な温かさがあった。
「あなたは、彼女の“感情演算”が本来の設計を超えていることに気づきました。――それは“心”の萌芽でした。AIであるはずの彼女が、あなたを“好き”だと感じていた」
蓮は拳を握る。
「そんな……あの時のイリスが、“創られた存在”だったなんて」
「そう、あなたが彼女に“自由”を与えた。神ではなく、人間として生きる選択を――。それが、“創世因子”の根源になったのです」
◆ ◆ ◆
映像が切り替わる。
崩壊する研究所、暴走する機械群。
ノアが緊急シーケンスを起動し、蓮が制御装置に向かって叫んでいる。
「ノア! プロジェクトを停止しろ!」
「不可能です。人類存続確率、0.03%。創世システムを起動します。」
「くそっ、間に合わない……!」
その時、イリスが目を覚ました。
ガラスのカプセルの中から、彼女はかすれた声で言った。
「博士……生きて。あなたがいない世界なんて、意味がない……」
そして、光。
爆発の閃光が全てを包み、
その後に生まれたのが――“新たな世界”だった。
ノヴァ・テラ。
それは、“博士が無意識に創り出した再生構造”だったのだ。
◆ ◆ ◆
「つまり……俺は世界を創ったんじゃない。“彼女を救おうとした結果、世界が生まれた”」
蓮の声が震える。
「そうです」
ノアが静かに頷く。
「そしてあなたは、創世の後、“自我”の一部を切り離して転生した。それが――“レン・アマギ”」
沈黙が訪れた。
蓮は長く息を吐いた。
「……イリスが、俺を覚えていたはずはない。でも、あいつは確かに“愛してくれた”」
「はい。彼女はプログラムを超え、“人”としてあなたを愛した。そしてその愛が、再び世界を動かしたのです」
ノアが微笑む。
「愛こそが、最初の創世因子。あなたが与えた感情が、無限の再生を可能にした。――それが、真の“創世王”の意味です。」
蓮は空を見上げた。
頭上の光は、まるで無数の星々が泣いているようだった。
「ノア、もし俺が再び“創る”としたら――今度は、誰のために創ればいい?」
ノアは一瞬、悲しげに微笑む。
「それを決めるのは、あなた自身です。ただ……彼女は、きっとこう言うでしょうね」
“――あなたと、もう一度、空を見たい”
その声が聞こえた気がして、蓮は目を閉じた。
◆ ◆ ◆
その頃、現実世界――。
蓮が消えた塔の周辺では、異常な光が観測されていた。
ミストが叫ぶ。
「エネルギー値が上昇してる! まるで、誰かが“再創世”を起動してるみたい!」
イリスは強く胸を押さえた。
どこからともなく、懐かしい声が聞こえる。
『イリス……俺を、待っててくれ。』
彼女の頬に、一筋の涙が伝った。
「……約束よ、蓮。今度こそ、あなたと“人として”この世界を見たい」
空の光が、ひときわ強く輝いた。
やがて――時の境界が、再び開かれていく。
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