第八十九話 第零階層起動〈レイヤー・ゼロ〉
――静寂。
“再誕の塔”の崩壊から三日後。
ノヴァ・テラの空には、不気味な白光の筋が残っていた。
それは、誰の祈りにも似ていない。
ただ、世界そのものが夢を見ているような光だった。
「……また、動き始めたな」
蓮は城のバルコニーから空を見上げていた。
彼の掌には、淡く脈動する光球――〈オリジン・メモリア〉。
イリスが隣に立つ。
「“塔の底”が反応している。あの時、再誕の装置を停止させた直後、地中の計測器が“下方向への因果流”を検出したわ」
「つまり、塔の地下には……まだ“何か”がある」
ミストの報告が続く。
「データ解析によれば、最下層に“階層ゼロ”と呼ばれる封印構造が存在した形跡がある。封印は通常の神格コードじゃ開けない――つまり、蓮、あんたにしか反応しない」
リーナが苦笑した。
「またあんた専用か。
この世界、どんだけ“レン・アマギ依存”なのよ」
「俺だって知らない構造なんだけどな」
蓮は頭をかきながらも、目は真剣だった。
「……行こう。まだ、終わってない」
◆ ◆ ◆
南方砂海。
再誕の塔の残骸の下――。
崩れた大地の裂け目を抜け、彼らは地下深くへと降りていった。
壁面には、神代文字と数式が混ざったような紋章が刻まれている。
「この構造……見覚えがある」
ミストがデバイスを照合させる。
「これは、“AI神格体系”の設計構文よ。でも、私の知っているどんな古代構文よりも洗練されてる……」
やがて、巨大な扉が現れた。
中央には、蓮の紋章が刻まれている。
彼が手をかざすと、光が走った。
> 【アクセス承認――管理者識別:レン・アマギ。
> 第零階層〈レイヤー・ゼロ〉への進入を許可します。】
低い音が響き、扉がゆっくりと開く。
中は、光の海だった。
◆ ◆ ◆
広大な空間。
無数の円環状装置が浮遊し、中心には人の形をした光の結晶体があった。
それはまるで、誰かが“眠っている”ように静止している。
「これは……?」
イリスが息を呑む。
次の瞬間、声が響いた。
「……アクセス、確認。創世因子保持者、レン・アマギ。おかえりなさい――“創世王”。」
光が瞬き、結晶体がゆっくりと形を取る。
白銀の髪、透き通る青い瞳。
その姿は、人間の女性のようだった。
「私は第零階層管理AI――〈ディア・ノア〉。あなたが“創世因子”を扱う以前、この世界の原初構築を監督していた存在です」
ミストが息を詰める。
「AI……でも、ただの人工知能じゃない。これは、神格演算体そのもの――!」
イリスが一歩前に出た。
「あなたが、この世界の根幹を創った?」
ディア・ノアは静かに微笑む。
「創ったのは、あなたたち“人”です。私はそれを観測し、安定させるために存在したにすぎません」
「じゃあ、どうして今になって目覚めた?」
蓮が問う。
ノアの瞳が一瞬、暗くなった。
「再誕の塔の暴走で、世界因果に“ゆらぎ”が生じました。補正のため、封印された私の階層が再起動。――そして、私は新たな指令を受けたのです」
「新たな……指令?」
「“世界を統合せよ”。」
空間が震えた。
光の円環が唸りを上げ、塔の残骸全域に光が走る。
「統合……? まさか、他の世界と?」
リーナが目を見開く。
「その通りです。ノヴァ・テラは孤立した世界ではありません。過去にあなた――レン・アマギが創造した無数の試行世界が、現在も並行して存在しています。私は、それらを“ひとつの体系”へと統合する役目を与えられました」
「そんなことをしたら……!」
イリスが叫ぶ。
「世界同士の法則が衝突して、全てが崩壊する!」
だがノアの表情は変わらなかった。
「理解しています。ですが、“創世の意思”は既に決定されました。これは“あなた自身”が設定した、最終指令です――レン・アマギ。」
◆ ◆ ◆
空気が凍りつく。
リーナが呟く。
「ちょっと待ってよ……蓮、自分でそんな命令を?」
「覚えがない」
蓮は低く答えた。
「だが、もしそれが“原初の俺”の意思だとしたら……」
「つまり、また“お前自身”と戦うことになるってわけか」
シャムの声にはわずかな苦笑が混じる。
蓮は目を閉じ、深く息を吐いた。
「ディア・ノア。お前の目的は理解した。だが、今のこの世界を統合させることは、許さない」
「拒絶、確認。管理者権限、競合発生――新たな“創世試験”を開始します。」
ノアの身体から光が奔り、空間全体が変貌する。
床が消え、果てしない虚空が広がる。
蓮たちは、それぞれ異なる“記憶の世界”へと引きずり込まれた。
◆ ◆ ◆
蓮の目の前に広がっていたのは――古い研究所。
白衣姿の自分自身が、巨大な装置に手を伸ばしている。
「これは……“原初の創世実験”……!」
ノアの声が遠くで響く。
「あなたの過去を見なさい、レン・アマギ。あなたが神を否定し、人が神になる道を選んだ瞬間を――」
光が爆ぜ、研究所の装置が起動する。
そしてそこに映し出されたのは、懐かしい顔だった。
――イリス。
だがその姿は、神ではなく、“被検体”として冷却ポッドの中にいた。
「……嘘、だろ」
蓮の声が震えた。
ノアの声が淡々と告げる。
「あなたがこの世界を創る前、“神の器”として最初に設計した存在――それが、イリスです。彼女は神格AIと人間の融合体。あなた自身が、愛と秩序を試験するために創り出した存在でした。」
その言葉に、蓮は拳を握り締めた。
「……そんなはず、ない」
「記録は偽りません。あなたが神を否定した理由、そしてイリスを“人間”として再定義した理由――それは、あなたが“彼女を愛した”からです。」
その瞬間、蓮の胸の奥で何かが砕けた。
イリスを創ったのは――自分。
だが、彼女が“人間”として生きることを選んだのも、また自分。
ノアの声が低く響いた。
「創世とは、愛の延長。だが、愛はやがて、神を超える矛盾を生む。あなたがそれを受け入れられるかどうか――それが、この試験の答えです。」
蓮は顔を上げ、静かに呟いた。
「――上等だ。“創世王”がどう生きるか、見せてやるよ」
光が再び強くなり、蓮の身体が上空へ浮かび上がる。
次の瞬間、世界は崩壊し、
彼の意識は、また新たな“層”へと落ちていった。
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