第八十七話 継承者の記憶〈エコー・オブ・ジェネシス
塔の扉が完全に開いた瞬間、空気が変わった。
外の砂塵は一瞬で鎮まり、音すら失われたような静寂が広がる。
まるで、世界そのものが“息を潜めて”彼らを見守っているかのようだった。
「……ここが、“記録の書架”の中枢領域か」
蓮が呟いた。
塔の内部は、無限の回廊のように広がっていた。
壁一面に浮かぶ無数の光文字――それは過去、現在、未来、あらゆる語りの断片。
ひとつの世界の記録にとどまらず、並行する幾多の現実が重なり合っていた。
「ここ、ヤバいね……情報密度が高すぎる。私のセンサーじゃ処理落ちしそう」
ミストが額に汗をにじませながらタブレットを操作する。
「無理するな。これは“見るための場所”じゃない。――“選ばれるための場所”だ」
イリスの声が低く響く。
彼女の瞳には、光と影の二重螺旋が映っていた。
神の記憶を継ぐ者として、ここが“語りの始まり”であることを感じ取っていたのだ。
◆ ◆ ◆
塔の中心へと進む一行。
蓮の足元で、微かな共鳴音が鳴った。
星命の核〈スターノード〉が反応している。
「……蓮、それ」
リーナが気づく。
「ああ。反応してる。まるで“呼ばれてる”みたいだ」
蓮がスターノードを掲げると、光が螺旋状に伸び、空間の中心を指し示した。
そこには、宙に浮かぶ巨大な鏡のような構造体があった。
鏡面の奥で、ぼんやりと“誰か”の影が揺らめく。
――それは、蓮自身だった。
「……おい、待てよ」
シャムが思わず声を上げる。
「まさか……“過去のお前”じゃねえだろうな?」
蓮は答えなかった。
ただ、鏡の中の自分と目を合わせたまま、一歩、前へ進む。
すると、鏡面が波打ち、声が響いた。
「――ようやく、ここまで来たか。“俺”」
その声は、蓮と同じ音色でありながら、どこか冷たい響きを持っていた。
「俺は、お前だ。“創世以前”――この世界を創る前の、原初の蓮〈プロト・レン〉だ」
◆ ◆ ◆
「原初……?」
イリスが息を呑む。
鏡の中の“もう一人の蓮”は静かに頷いた。
「そう。お前たちが暮らすノヴァ・テラを構築した、“最初の世界管理者”だ。俺は無数の世界を創り、滅ぼし、また創った。その果てに、“自由意思”を宿した存在を誕生させた。――お前だよ」
「俺が……お前の、創った存在……?」
蓮の声に戸惑いが混じる。
「恐れることはない。お前はもう俺ではない。だが、創世因子を扱う者として、“始まりの記憶”を知る義務がある」
光が渦巻き、周囲の空間が変容していく。
次の瞬間、彼らは“記憶の回廊”に引き込まれた。
◆ ◆ ◆
――そこは、無の世界だった。
色も形もない。
ただ、声だけが響く。
「これは、創世の記録だ。
この世界が、いくつ目の再構築なのかは、もう数えることもできない。
だが、そのたびに人は同じ選択を繰り返した。
“神を求め、神を拒み、神を創る”」
視界に、幾千もの世界が重なっていく。
戦争、破壊、再生――そしてまた破壊。
「俺は“完全な平和”を目指していた。だが、人は平和を理解できなかった。ならばと、自由意思を与えた。その果てに現れたのが――お前だ、“蓮”」
蓮は拳を握った。
「じゃあ……俺が創った国、あの人々も……」
「あれは、お前の世界だ。俺の“失敗”を超えるために存在する、新たな創世。だが、その安定は長くは続かない。“語り”は常に次の語りを求める。そして、また一人の創世者が現れるだろう」
「……まるで、終わりのない輪廻だな」
蓮が呟く。
「それが、存在の法則だ。お前が世界を“正しく創る”か、また“歪める”か――それを見届けるのが、俺の役目だった」
鏡の向こうの“原初の蓮”が、ゆっくりと手を差し伸べる。
「この記録を受け取れ。お前が選んだ未来が、次の創世の礎になる。だが、忘れるな――“自由”には、常に代償がある」
光が弾け、鏡が砕け散った。
蓮の胸元に、青白い光の球が吸い込まれる。
「……これは?」
イリスが駆け寄る。
「“創世の記録核〈オリジン・メモリア〉”だ。俺が……この世界の原初の記憶を、継いだ」
その瞬間、塔全体が震えた。
壁の光文字が一斉に輝きを増し、地響きのような音が広がる。
「地震? いや……これ、塔そのものが変化してる!」
ミストが叫ぶ。
光の中、塔の上層部が螺旋を描くように開き、外の空に巨大な光柱が立ち上がった。
『アーカイブ・メモリア 第四章 再誕の種子、起動――』
「起動……? まさか!」
リーナが剣を構える。
イリスの顔が青ざめた。
「誰かが、“創世因子”を利用して次の世界を開こうとしている!」
「――急げ。まだ、間に合うかもしれない!」
蓮は走り出した。
その背に、仲間たちの足音が続く。
砂海の空は赤く染まり、新たな“創世”の光が、静かに世界を包み込み始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




