第八十六話 記録の書架〈アーカイブ・メモリア〉
――創世暦二年。
ノヴァ・テラ全土は安定期を迎えていた。
浮遊都市アストラリアを中心に、各地に支部都市が整備され、交易ルートは魔族領・精霊領・人間領を繋ぐ“環状回廊”として完成を見た。
だが、平穏の中にこそ――新たな異変は静かに息を潜めている。
◆ ◆ ◆
「……また、発見されたのか?」
蓮は机の上に置かれた一冊の古文書を手に取った。
金属のような表紙に、淡い光の文字が浮かぶ。
> 『アーカイブ・メモリア 第零章 共語の起点』
「例の“断片書”よ」
イリスが頷く。
「最初はただの遺物かと思われていたけど……昨日、北部の学術都市ネオ=グランツで、これと同じ構造の“第二章”が発見されたの」
「第二章……つまり、この書は“連なっている”ということか」
ミストが解析デバイスを手に補足する。
「材質は未知の金属。魔力反応は“ゼロ”――だけど、触れた者の精神波を読み取って内容を変化させる構造よ」
「まるで、意思を持った本だな」
カイエンが腕を組む。
リーナが眉をひそめる。
「でも……内容が怖いの。“共語の終焉”“創世因子の消失”って記されてた」
その言葉に、一瞬場の空気が変わった。
「……創世因子?」
シャムが確認する。
イリスが静かに説明を始めた。
「蓮がこの世界を再生させた時に使った、根源の構造式。“存在を語らせる力”そのものよ。本来なら、完全に封印されているはず……」
「だが、その断片が“記録の書架”に現れ始めている。もし第三章、第四章と続くなら……」
蓮は目を細め、静かに本を閉じた。
「――誰かが、“もう一度、世界を書き換えようとしている”」
◆ ◆ ◆
夜、蓮は王城の展望台に立っていた。
下界には、穏やかに灯る街の光。
風は優しく、かつての戦火が嘘のようだった。
「蓮、まだ起きてたの?」
背後からイリスがやってくる。
「考え事だよ。“創世因子”のことを」
「……やっぱり、気になる?」
蓮は苦笑して頷く。
「平和を築いたつもりだった。でも、どんな世界にも“再構成”を望む者はいるんだな」
イリスがそっと隣に並ぶ。
「ねえ、あなたはどうするの?また“戦う”つもり?」
「戦うんじゃない」
蓮は空を見上げた。
その目には、星詠の神殿で見た光の記録が映っていた。
「――“確かめる”んだ。本当に、俺たちが創った世界が“正しい”のかどうかを」
イリスが小さく笑う。
「……ほんと、あなたって真面目」
「お前が真面目じゃないだけだ」
「ふふ、そうかもね」
二人は肩を寄せ合い、夜風に吹かれながら黙って星空を見上げた。
◆ ◆ ◆
翌朝――
“記録の書架”を巡る調査隊の出発が決まった。
「今回のメンバーは、私と蓮、シャム、リーナ、ミスト、カイエン、ネフェリス」
イリスが指を折りながら確認する。
「ノアは留守番か?」
「うん。王都防衛と技術研究の統括を頼んだわ」
蓮は頷き、無限アイテムボックスを展開する。
光が弾け、金属質の魔導装備と補給物資が空中に整列する。
「よし、装備は万全だ。“記録の書架”の所在地は――?」
ミストがタブレットを操作し、地図を投影する。
「南方砂海地帯よ。かつて古代神族が“記録庫”を建造した場所。そこに、“第三章”が眠っている可能性が高い」
「砂漠か……懐かしいな。前の世界を思い出す」
蓮が笑うと、ネフェリスがにっこりと手を挙げた。
「じゃあ、あたしは歌でみんなの体温調整担当だね!」
シャムが吹き出す。
「お前の歌で暑さが和らぐなら苦労しねえよ」
「むぅ~、信じてないなぁ!」
そんなやり取りに、場の空気が一瞬だけ軽くなる。
だがその裏では、誰もが感じていた。
――これはただの調査ではない。
“新たな創世”の始まりかもしれない、と。
◆ ◆ ◆
数日後。
灼熱の砂海を行く一行。
蜃気楼の向こうに、黒鉄の塔がそびえていた。
「あれが……“記録の書架”か」
蓮が息を呑む。
塔は空を貫くほどの高さで、表面に無数の文字が浮かび上がっていた。
その一つ一つが、まるで“語り”の断片のように輝きを放つ。
「なんて密度……これ全部、記録なの?」
リーナが目を細める。
「いや……違う」
イリスが目を閉じる。
「これは“記憶”よ。この塔そのものが、“世界の語りを保管する記録媒体”なの」
蓮が一歩、踏み出す。
砂を踏むたびに、塔の側面が光を帯び、まるで“歓迎”しているかのように扉が開いた。
――そして、声が響いた。
> 「来訪者、確認。創世因子保持者、蓮・アマギ。アクセス権限、再承認――」
「まさか……この塔、俺のコードを認識している?」
「ってことは……蓮、ここを創ったのはあなたかもしれない」
イリスの声に、蓮の胸が高鳴る。
静かに開かれた塔の内部から、光の文書がふわりと浮かび上がる。
> 『アーカイブ・メモリア 第三章 創世の継承者』
「……これは、罠か、それとも“遺言”か」
蓮が呟く。
塔の奥――深淵の闇の中で、何かが息をしていた。
それはまるで、世界そのものが彼らを見つめ返しているようだった。
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