第八十五話 創世暦元年〈ジェネシス・イヤー・ワン〉
――空は、限りなく青かった。
幾億の断片から再構築された世界〈ノヴァ・テラ〉。
虚神の侵蝕も、因果の歪みも、すでに跡形もない。
だが、そこにはただの「再生」ではなく―― “人々が選んだ物語の始まり”があった。
暦が改められたこの日、星詠の神殿に代わる新たな中心都市〈アストラリア〉で、「創世暦元年」の制定式典が行われていた。
◆ ◆ ◆
「これにて、創世暦第一年――ノヴァ・テラの独立を宣言する!」
蓮の声が高らかに響いた。
広場を埋め尽くす群衆が一斉に歓声を上げ、旗が舞い上がる。
青と白の双翼を象徴する紋章――それは、過去の戦火を越えて手を取り合う“共語”の印。
イリスがその横に立ち、静かにマイクを取った。
「この世界は、神に造られたものではありません。誰かに与えられた秩序でもない。――私たち自身が選び、語り、築いていく未来です」
その声には、かつての“巫女”の響きがまだ残っていた。
だが今や彼女は、ただの神殿の器ではない。
蓮と共に歩む“創造の伴侶”だった。
◆ ◆ ◆
「しかし……よくここまで来たもんだな」
リーナが式典の舞台袖で呟いた。
シャムが笑う。
「お前が最初に俺に剣を突きつけた時は、まさかこんな日が来るとは思ってなかったぜ」
「その話、今持ち出す?」
「はは、思い出話ってやつさ」
ふたりは見つめ合い、そして小さく微笑み合った。
かつて戦場でぶつかり合った二人の戦士――今は互いの背を預ける、信頼と恋慕の関係だった。
リーナが照れ隠しのように咳払いする。
「ま、あんたが王国騎士団長なんて似合わないけどね」
「悪いが、俺は団長より“お前の剣”でいたい」
「……もう、そういうセリフ、反則」
頬を染めたリーナの顔を見て、ミストが横で「やれやれ」と肩をすくめた。
「恋愛フラグ乱立警報ね。ま、平和な証拠か」
◆ ◆ ◆
そのころ、蓮は控室で深呼吸していた。
イリスが微笑みながら傍らに立つ。
「緊張してる?」
「少しな。あの頃は、こんな大舞台に立つなんて思ってなかった」
イリスが彼の手を取り、指を絡める。
「大丈夫。あなたがここまで導いた。
そして、みんなが信じてついてきた」
蓮は静かに頷き、彼女の額にそっと唇を寄せた。
「ありがとう。……俺、ほんとにお前がいてくれてよかった」
イリスの頬がほんのり赤く染まる。
「もう、式典前にそういうこと言うの、ずるい」
二人は笑い合い、手を離さずに壇上へと戻っていく。
◆ ◆ ◆
――式典の後。
夜のアストラリア。
街の中央広場では、初めての“創世祭”が行われていた。
屋台が並び、灯りが水面のように揺らめく。
子どもたちが花火を打ち上げ、空には新しい星座――“共語の翼”が描かれる。
蓮は広場の片隅でひとり空を見上げていた。
そこへ、イリスが寄り添う。
「見て。あの星座、あなたが描いた紋章の形よ」
「ああ。俺たちの国の象徴、だな」
イリスがふと微笑む。
「ねえ、蓮。これからも……一緒に、歩んでいける?」
その言葉に、蓮は少しだけ驚いた顔をした。
そして静かに答える。
「もちろん。
俺がこの世界で一番大切にしたいもの――それは“お前との時間”だ」
イリスは目を細め、彼の肩に頭を預けた。
「ふふ、そんなこと言うとまた皆に冷やかされるわよ」
「いいさ。どうせ“創世王”なんて呼ばれるのも柄じゃない。せめて恋ぐらい、堂々としたい」
二人の笑い声が夜風に溶け、星々の中へ消えていく。
◆ ◆ ◆
そのころ、神殿跡地の遥か南。
封じられた大地〈アルヴ・ネメシス〉の奥底で、微かに揺らめく光があった。
――声がする。
> 「ここが……新たな“創世”の舞台、か」
その光は、まるで人の形を模していた。
銀と黒の混じる双眸がゆっくりと開かれる。
> 「神なき時代……悪くない。
だが、“語り”が存在する限り、終わりはない」
微笑みを浮かべ、光の存在は消えた。
その足跡だけが、灼けた大地に残る。
◆ ◆ ◆
翌朝。
蓮たちは新都アストラリアの中心で会議を開いていた。
「次は、“創世暦第二年”に向けての計画ね」
イリスが資料を広げる。
「交易ルートの整備と、周辺国家との同盟交渉。
それから、魔族領との正式な国境協定も必要だわ」
「魔族側からも代表を送りたいって話が来てたな」
シャムが頷く。
「彼らも今は和平を望んでる。
“同じ語りを共有する仲間”として受け入れるべきだ」
「賛成」
リーナがすぐに答えた。
「もう剣で語る時代は終わったんだもの」
蓮はみんなの顔を見渡し、微笑む。
「そうだな。これからは――語り合い、創り合う時代だ」
そして、立ち上がる。
「俺たちの建国は、まだ“始まり”だ。世界をつなぐ物語――その続きを、俺たちで描こう」
◆ ◆ ◆
――創世暦元年。
人と魔族と精霊が、ひとつの言葉を交わした年。
その年を境に、世界は再び“語り”によって進化していく。
やがてこの時代は、後の世でこう呼ばれることになる。
《共語の黎明期》――すべての始まりの時代。
そしてその中心にいた男の名を、
誰もがこう記すのだった。
> “創世王・蓮”
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