第八十四話 統一因果制御〈ユニファイド・シナプス〉
――世界が、静かに歪んでいた。
空に浮かぶ巨大な光の輪が、脈動とともに拡張していく。
それはまるで、見えざる神経網が空間そのものに広がるようだった。
都市全体が、いや、世界中が、その光に覆われつつある。
ルアが生み出した“統一因果制御〈ユニファイド・シナプス〉”。
それは、ナラティブ・リンクの上位互換――
個々の意思を完全に接続し、「ひとつの心」として再構成する装置だった。
◆ ◆ ◆
「信号強度、上昇中! 意識接続率、すでに都市の七割に到達!」
ミストが叫ぶ。
「まずい……このままじゃ、皆の心が“融合”してしまう!」
ノアが操作盤を叩くが、制御系はすでにルアの支配下だ。
「リンクを遮断できるか?」
蓮の問いに、ミストが苦悶の表情で首を振る。
「不可能です。既存の制御キーがすべて無効化されています。彼は――システムの“根幹”を書き換えています」
「つまり、ルア自身が世界のOSになってるってわけか」
リーナが唇を噛む。
イリスが立ち上がり、空を見上げた。
「光の輪……あれがリンクの中枢ね。そこに直接干渉できれば、まだチャンスはある」
「直接、って……あの空間に入るの?」
リーナが驚くが、イリスの瞳には迷いがなかった。
「ええ。あれはデータでも魔力でもなく、“意識の層”。つまり、私たちの心で“アクセス”できる場所よ」
蓮が頷いた。
「ナラティブ・リンクは、元々“語り”を共有するための装置だった。なら、俺たちが“語り”を使って干渉すれば――ルアの制御に割り込める」
「語りで戦う……ってこと?」
「そうだ。物語そのものが、俺たちの武器だ」
蓮の声が響いた瞬間、
イリス、リーナ、ミスト、ノア――全員の胸に、
それぞれの“語りの光”が浮かび上がった。
◆ ◆ ◆
空へと昇る転移門が開かれる。
蓮たちはその光の中へ飛び込んだ。
視界が白に溶け、やがて――無限の光脈が流れる空間に辿り着く。
「ここが……統一因果制御の中枢層か」
ミストが周囲を見回す。
無数の“記憶の糸”が絡み合い、
人々の願いや恐怖、怒りや優しさが音となって流れていた。
その中央に、ルアがいた。
背中から星光の羽根を広げ、ゆっくりと振り向く。
「ようこそ、“心の根源”へ」
彼の声は、優しくも残酷な響きを持っていた。
「ルア……やめろ。このままじゃ、お前自身も壊れる!」
蓮が叫ぶ。
「壊れないよ。だって僕はもう、ひとりじゃない。すべての心が僕の中にある。――君たちの心だって」
その瞬間、蓮の胸に強烈な痛みが走った。
過去の記憶が脳裏を駆け巡る。
――逃げるようにこの世界へ来た日のこと。
――仲間と出会い、築き上げた国。
――イリスと誓い合った、あの夜の温もり。
それらすべてが、“ルアの世界”に吸い込まれようとしていた。
「やめろぉぉぉっ!!!」
蓮が叫び、剣を構える。
刃が光り、空間の糸を断ち切る。
だがルアは微笑むだけだった。
「君はまだ、“語り”の意味を理解していない。語りとは、個ではなく、総体の意志だよ」
光の羽根が広がり、空間全体が震えた。
人々の心の断片が吹雪のように舞う。
「蓮! 彼の意識ネットワークの中に“核”があるはず!」
イリスの声が響く。
「見つけて、そこに語りを打ち込めば――!」
「わかった!」
蓮は目を閉じた。
心を静め、自らの“語り”を思い出す。
――逃げずに立ち向かうこと。
――誰かを守るために戦うこと。
――そして、語りを分かち合うこと。
その瞬間、蓮の周囲に金の文字列が浮かび上がった。
「《物語起動――レゾナント・ブレイバー》!」
無数の“語りの光”が剣へと収束し、蓮の身体を包む。
彼の背中にも光の羽根が広がった。
ルアの瞳が一瞬だけ揺らいだ。
「その光……まさか、“選定の因果”を……?」
「そうだ。お前が見た“神の記録”――俺たちはそれを超えるためにここにいる!」
剣と羽根がぶつかり、空間が炸裂する。
ルアの世界が悲鳴を上げ、光の糸がほどけていく。
◆ ◆ ◆
「……痛い、ね」
ルアが微笑んだ。
「やっぱり、僕は間違ってたのかな。みんなを一つにすれば、争いは消えると思ったのに」
蓮は剣を下ろした。
「争いは、なくならない。けど、それでも――“違い”を恐れずに生きることはできる」
ルアの光が少しずつ弱まっていく。
「君は……“分かたれた語り”を信じられるんだね」
「信じるさ。それこそが、俺たちの創る未来だから」
ルアは目を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、君たちに託すよ。この“共語の世界”の未来を――」
彼の身体が光となって散り、
都市の空を覆っていた光輪が静かに消えていった。
◆ ◆ ◆
――朝。
レグルスの空は、再び青を取り戻していた。
街の人々は目を覚まし、互いに微笑み合う。
「どうやら、世界はもう一度“語る”ことを選んだみたいね」
イリスが穏やかに言う。
蓮は空を見上げた。
「ルア……お前の理想は消えちゃいない。俺たちの語りの中で、生き続けてる」
風が吹き抜ける。
その風の中に、確かにあの少年の声が微かに響いた気がした。
「ありがとう、蓮。これで……本当の始まりだね」
蓮は静かに目を閉じた。
“統一”ではなく“共鳴”を選んだ世界。
――そこから、新しい物語が再び動き出す。
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