第八十話 語られざる創造者〈ナラティブ・ゼロ〉
――すべては、語られた瞬間に存在となる。
それが、この世界の根幹に刻まれた法則。
けれど今、その“語り”の外側から、もう一つの意思が目を覚まそうとしていた。
◆ ◆ ◆
再生都市レグルス。
“無観測領域”の消滅から数日後。
蓮は政務棟の執務室で書簡に目を通していた。
各地の復興報告、交易路の開設、そして新しく発見された魔導鉱脈の調査結果。
国が動き出している。世界が再び息づいている。
そんな中、扉が控えめに叩かれた。
「蓮、少し……いい?」
入ってきたのはイリスだった。
彼女の表情はいつになく硬い。
「どうした?」
「……少し、妙な記録が見つかったの」
イリスは机の上に古びた水晶板を置く。
それは、かつて蓮たちが訪れた“星詠の神殿〈セレスティアル・オラクル〉”の記録装置だった。
はるか昔、神々が残した“世界の原典”の一部。
「これ……誰かが、書き換えた痕跡があるの」
「書き換え?」
蓮は眉をひそめる。
「“再生者・蓮”という項目に、別の記述が追加されているの。――“創造者・蓮”」
その言葉に、部屋の空気が凍った。
「俺……が、“創造者”? それは……どういう意味だ?」
イリスは静かに首を振る。
「わからない。でも、記録上では“再生者”と“創造者”は別存在。つまり、同一名を持つ“別のあなた”が……存在する」
沈黙が落ちる。
「……まるで、もう一人の俺が、どこかにいるような……」
蓮が小さく呟いた。
その時、ミストが駆け込んできた。
「蓮! 観測異常発生! 北方大地に、未登録の“都市構造”が突如出現!」
「未登録……? 誰の領地でもないはずだろ?」
「ええ。しかも、その中心から“あなたと同じ波動”が観測されてるの」
蓮の瞳が鋭く光る。
「……まさか、本当に――もう一人の俺が?」
◆ ◆ ◆
蓮たちは即座に北方へ向かった。
氷雪が舞う荒涼の大地に、突如として建造された都市があった。
名も知らぬその都は、完璧に整備され、中央に巨大な尖塔がそびえている。
まるで、蓮が築いたレグルスを“鏡写し”にしたかのような光景。
「これは……模倣じゃない。再現だ」
ミストが目を細める。
「しかも、設計思想も魔力構成も、すべて“蓮の国造り”と同一」
その中心、尖塔の頂に一人の青年が立っていた。
――蓮と、同じ顔。
「……来たか」
その声は、確かに蓮の声だった。
だが響きには冷たさがあった。
「お前は……誰だ?」
「名乗るまでもない。俺は“語られざる創造者”。――お前が“再生”を選んだ瞬間に、“創造”として弾かれたもう一つの可能性だ」
「可能性……?」
リーナが息を呑む。
“もう一人の蓮”は静かに頷いた。
「この世界は、お前の“再生”によって形を得た。だが、“創造”としての道は閉ざされた。――俺は、その閉ざされた道の果てに残された“語られなかった蓮”だ」
空間が揺らぎ、周囲の建造物が歪む。
都市全体が、彼の思考に合わせて形を変えていく。
「お前……この都市を、“創造”してるのか?」
「ああ。俺は、“物語の外”で生まれた創造主。語られることなく、記されることなく、ただ“結果”だけを紡ぐ存在」
「そんな存在が、この世界に干渉できるはずが――」
イリスが言いかけた瞬間、空間が裂けた。
背後に現れたのは、虚の残滓とは異なる、透明な“歪み”。
その中から、無数の影が浮かび上がる。
「“観測されなかった存在たち”だ」
創造者の蓮が静かに言う。
「お前が救った世界の“外”に、まだ無数の“語られなかった命”がある。俺はそれを、記録し、形にするためにここにいる」
「それは、救済なんかじゃない!」
蓮が叫ぶ。
「語られなかった命を“書き換える”なんて、それこそ神の驕りだ!」
創造者の蓮は笑う。
「驕り? 違う。“語られた物語”の中に留まるお前たちこそ、虚構の奴隷だ。俺は、枠を超えた自由そのものだ」
その瞬間、彼の背後に無数の光が集まる。
それは神代の記録の残滓、失われた神々のコード。
「お前は“語る側”。俺は“創る側”。同じ名を持つ以上、どちらかしか存在できない」
蓮は剣を構え、静かに応えた。
「――なら、俺は“語り続ける”。どんな絶望も、痛みも、すべて“物語”として生かすために」
イリス、リーナ、ミスト、そして仲間たちが背に立つ。
彼らの瞳には、確固たる意志が宿っていた。
「創造者の蓮よ。――お前の創る世界を、俺たちは“語り”で超えてみせる」
空が裂け、光と闇が交錯する。
二つの“蓮”が、世界の基盤を揺るがす激突の瞬間へと向かっていく。
◆ ◆ ◆
この世界が、“誰の物語”であるのか。
“語られざる創造者”と、“語る者としての再生者”。
その境界は、いま、完全に崩れ去ろうとしていた。
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