第七話 百の軍勢
夜空に燃えるたいまつの列が近づいてくる。
それはまるで、闇の中を這う炎の蛇のようだった。
蓮は村の柵の上に立ち、深く息を吐いた。
眼前に広がる光景は――百を超える人影。
それぞれが粗末ながらも武器を手にし、統率の取れた隊列を組んで進んでくる。
「来たな……黒牙の軍勢」
隣に立つリーナが、剣の柄を握りしめる。
「思ったより早いね。でも、怖がってる暇はない」
「数では圧倒的に劣るが、俺たちには準備がある」
蓮は静かに応じると、背後を振り返った。
柵の後方には村人たちが身を寄せ合い、それぞれの持ち場に就いていた。
カイエンが指揮する若者たちは槍を構え、ネフェリスは後方で回復魔法の準備を整えている。
ノアは即席の魔導装置を並べ、警報と火球の投射装置を調整していた。
リーナは戦線の最前に立ち、剣を月光にきらめかせる。
そしてイリス――その白銀の髪を揺らしながら、村の中央に立つ。
彼女は防御結界を張り、村全体を覆う透明な光壁を展開していた。
「蓮、結界は五分までしか維持できない。それ以上は持たないわ」
「十分だ。五分あれば、こちらが主導権を握れる」
蓮は無限アイテムボックスから数本の筒を取り出し、仲間たちに渡した。
「これは閃光筒だ。合図したら同時に使え。敵の視覚を奪える」
「さすがだね、いつの間に作ってたの?」
リーナが半ば呆れたように笑う。
「備えあれば憂いなし、だ」
蓮は剣を抜き、仲間たちに告げた。
「――戦いの幕は、もう上がってる。俺たちが守るんだ、この村を!」
◆ ◆ ◆
黒牙の軍勢が柵の前に到達すると、先頭の男が吠えた。
「ここが新たな拠点か! 帝国に従えぬ愚か者どもめ! 男は奴隷、女は慰み物、子供は労働に使ってやる!」
下卑た笑い声が響く。
村人たちの顔が恐怖に歪むが、蓮は一歩前に出て叫んだ。
「ふざけるな! ここは俺たちの国だ! お前たちの好きにはさせない!」
「国だと? 笑わせるな!」
黒牙の兵士たちが武器を掲げ、突撃の態勢に入る。
「来るぞ!」
カイエンが号令を飛ばし、若者たちが槍を構えた。
次の瞬間、黒牙の兵が一斉に突撃した。
◆ ◆ ◆
轟音が響き、最前線で槍と剣がぶつかり合う。
イリスの結界が最初の突撃を防ぎ、敵兵は跳ね返されて倒れた。
「今だ、撃て!」
ノアが魔導装置を作動させ、炎の弾が敵陣に降り注ぐ。
爆発と悲鳴が夜空に響き渡る。
その隙を突き、リーナが柵を飛び越えて剣を振るった。
鋭い一撃が敵兵の槍を弾き飛ばし、返す刃で二人を斬り伏せる。
「まだまだ!」
彼女の瞳は戦火に輝き、敵の突撃を次々と受け止める。
一方、蓮は柵の上から閃光筒を投げた。
――閃光が爆ぜ、白い光が辺りを焼いた。
「ぐわっ、目がぁ!」
「な、何も見えねぇ!」
黒牙の兵士たちは一斉に目を覆い、混乱に陥る。
「押し返せ!」
蓮の声に応じ、村の槍兵たちが一斉に突き出した。
敵兵は次々と倒れ、前線が揺らぐ。
◆ ◆ ◆
だが、黒牙の軍勢は容易には崩れなかった。
背後から笛の音が鳴り響き、統率を取り戻した兵士たちが再び陣形を組み始める。
「厄介だな……ただの野盗じゃない。訓練された兵士だ」
カイエンが息を荒げて言う。
「でも、俺たちだってただの村じゃない!」
蓮は無限アイテムボックスから投石器を取り出し、柵の上に設置した。
「これで奴らを押し潰す!」
村人たちが石を積み、蓮が装置を操作する。
次の瞬間、巨大な石弾が夜空を裂き、敵陣に落ちた。
轟音と共に兵士たちが吹き飛び、陣形が再び崩れる。
「おおおおっ!」
村人たちが歓声を上げた。
◆ ◆ ◆
戦いは激しさを増す。
リーナは十人を斬り伏せ、カイエンは若者たちを率いて防衛線を維持する。
ネフェリスの回復魔法が負傷者を救い、ノアの魔導装置が敵の突撃を止めた。
イリスは結界を維持しながら、冷静に戦況を見極める。
「蓮、まだ本隊が動いていないわ。指揮官が後方にいるはず」
「わかった。……なら、あいつを叩けば決着がつく」
蓮は剣を握り直し、リーナに合図を送った。
彼女は頷き、敵陣へと切り込む。
蓮もまた柵を飛び越え、混乱の中を駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
敵陣の奥。
そこには一際大柄な男が立っていた。
黒い甲冑をまとい、牙を模した兜を被ったその姿は、まさに“黒牙”の象徴だった。
「貴様が指揮官か!」
蓮が叫ぶ。
「ほう……面白い小僧だ。村人を鼓舞し、ここまで持ちこたえるとはな。だが、所詮は烏合の衆。俺の軍勢には勝てん!」
大剣が振り下ろされ、地面が砕ける。
蓮は剣で受け止め、必死に押し返した。
「俺たちは烏合の衆じゃない! 希望を掲げる国の民だ!」
リーナが横から斬り込み、男の兜をかすめた。
火花が散り、男の目が怒りに燃える。
「面白い! ならば、この黒牙将軍ドルガが直々に叩き潰してやる!」
夜空に咆哮が響き渡り、戦いはさらに激しさを増していった。




