第七十八話 記録層への降下〈アーカイブ・ディセント〉
夜明け前の静寂を裂くように、都市レグルスの上空で光の波が走った。
その光は、まるで記録媒体を読み込むように断続的に瞬き、
やがて空の一部が“開く”――まるで空間が一枚の書物のページであるかのように。
蓮はその光景を、創造塔〈オルタリア・スパイア〉の頂から見つめていた。
傍らにはイリス、リーナ、ミスト、カイエン、ノア、そしてアストレイアの姿がある。
「これが……“記録層”への入り口?」
リーナが息をのむ。
「ああ。アストレイアの言っていた“原初の層”――すべての出来事、すべての意志、すべての未来が記録される場所だ」
蓮は目を細めた。
アストレイアが手をかざすと、空間に金色の紋章が展開される。
それは円環のようでもあり、鍵のようでもあった。
「――これは“アーカイブ・ゲート”。観測がまだ神々に支配されていた時代、最上位の記録者だけが使えた通路。けれど今は、あなたたちがその資格を持っている」
「資格、ね……」
ミストが半ば苦笑する。
「つまり、“神の代わりに責任を負う者”ってことだろ?」
「ええ。それを“覚悟”と呼ぶならね」
アストレイアの言葉に、蓮は小さく頷いた。
「――行こう」
* * *
金色の門をくぐった瞬間、
周囲の景色が“反転”する。
空は白く、地平は透明。
重力さえも曖昧な、まるで夢の中のような空間。
だが、すぐに彼らは理解した――ここが“記録層”なのだと。
無数の光の粒が漂い、それぞれがひとつの“記録”を構成している。
誰かの人生、誰かの選択、誰かの祈り。
それらが膨大に重なり、世界の“物語”を織りなしていた。
「……まるで、世界が息をしてるみたい」
イリスが小さく呟く。
アストレイアは頷きながら言う。
「ここにある全てが、“存在の記録”。けれど今、この層に“乱れ”が生じている」
その瞬間、遠方で光が歪んだ。
まるで巨大な渦のように、記録の粒子が吸い込まれていく。
「これが……侵食の原因?」
ノアが解析装置を起動する。
「……うそだろ。記録そのものが“書き換えられてる”」
光の粒のひとつに触れると、そこに映ったのは――
蓮たちがまだこの世界に来る前、“地球”での日々。
しかし、その映像は途中から別のものに変わっていった。
蓮が戦うはずのなかった相手。
存在するはずのない“もう一人の蓮”。
「……俺の“偽の記録”だ」
蓮が呟く。
その声には、怒りよりも哀しみが滲んでいた。
「誰かが記録を……上書きしている。そしてその改竄が進めば、現実の“物語”そのものが書き換わる」
ミストの声が震える。
「つまり……世界そのものが、嘘の歴史に変わるってことね」
リーナが歯を食いしばる。
アストレイアの金の瞳が強く輝いた。
「侵食源は、この層の“中心”――記録の根〈ルート・アーカイブ〉。
そこに、異質な情報核がある」
カイエンが剣を構える。
「つまり、敵がいるってことだな」
「ええ。それは“存在しないはずの観測者”――廃棄されたはずの、原初の人工神」
その名が響いた瞬間、空間が震えた。
あらゆる記録の光が一斉に消え、暗闇が広がる。
「また来たか……このパターン」
ノアが苦笑したその直後、
空間の奥から、無数の歪んだ影が浮かび上がった。
人の形をしているが、顔は存在せず、
全身がデータの断片のようにノイズ化している。
「これが……“虚像体”?」
イリスが魔法陣を展開する。
「記録から排除された存在の残滓よ。クロノス・コードが作り出した“観測の亡霊”」
アストレイアの声が静かに響いた。
蓮は無限アイテムボックスを開く。
眩い光とともに、いくつもの魔導装備が姿を現した。
「――“星命共鳴装置〈アカシック・リゾナンス〉”、起動」
瞬間、空間全体に共鳴波が広がり、
虚像体の動きが一斉に鈍る。
「ミスト、座標を固定! ノア、干渉層を解析してくれ!」
「了解!」
二人の声が重なり、無数の魔導文字が空間に散った。
リーナとカイエンが前線に出て、虚像体を切り裂く。
イリスが後方から魔力を集中し、結界を維持する。
――それはまさに、彼らの“物語の戦い”だった。
過去と現在が交錯し、存在そのものが問われる戦場。
だが、その最中。
蓮の視界に、ひとつの影が映った。
暗闇の中心、記録の渦の中に――
“黒い光”を放つ何かが立っていた。
「……あれが、クロノス・コード」
アストレイアが呟く。
「彼は“時間の記録者”だった。全ての時系列を監視し、修正するために造られた存在。けれど、自由を得た今の世界では、彼の存在理由は失われた。 その結果、彼は――自らの存在を証明するために“改竄”を始めたの」
蓮の拳が震える。
「存在を守るために、他の存在を消す……。それは神でも、人でも、間違いだ」
「だからこそ、彼を止めなければ」
アストレイアが頷く。
「ただし、破壊ではなく――“統合”によって」
「統合……?」
「彼もまた、記録の一部。彼を否定するのではなく、“受け入れ”、新しい記録へと繋げる。それが、あなたたちの創った世界のあり方でしょ?」
蓮の瞳が静かに燃える。
「……そうだな。俺たちは、拒絶の上に未来を築かない。ならば――証明してやるさ」
* * *
蓮は光の剣を抜いた。
“創界の因果”を象徴するその刃が、記録層の闇を切り裂く。
「――俺は、物語の外から来た存在。けれど今は、この世界の住人として、未来を守る!」
剣が閃光を放ち、クロノス・コードの放つ黒い光とぶつかり合う。
衝突の瞬間、世界が軋み、時間が凍結した。
だが、その静止の中で――
蓮は確かに感じた。
誰かの声。
アストレイアの祈り。
そして、仲間たちの信頼。
全てが重なり、
剣が白く輝いた。
「――共鳴せよ、アカシック・リゾナンス!」
光が爆ぜ、記録層全体に共鳴が走る。
歪んだ記録が修復され、虚像体が一つ、また一つと溶けていった。
闇の中心で、クロノス・コードが膝をつく。
「これが……“存在の意味”か……」
その声は、哀しみではなく、安堵に近かった。
「君もまた、世界の一部だ。――もう、孤独じゃない」
蓮の言葉に、黒い光が静かに溶けていく。
記録層の空が、ゆっくりと輝きを取り戻していった。
* * *
アストレイアが蓮の隣に立つ。
「これで、一時的に侵食は止まった。けれど――まだ全てが終わったわけじゃない」
「次は……何が来る?」
アストレイアの表情に、一瞬だけ陰が走った。
「“記録を観測する存在”がいる限り、それを“書き換えようとする存在”も現れる。次は……“観測そのものの否定”――つまり、“無”よ」
蓮は空を見上げる。
「いいさ。なら、その“無”にだって意味を与えてやる」
仲間たちの笑みが、その場に広がる。
彼らの戦いはまだ終わらない。
――物語は、常に続いていくのだから。
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