第七十六話 多重創界連結〈インフィニティ・ネクサス〉
――光が去り、闇が残った。
いや、それは「闇」と呼ぶには、あまりにも静かで、穏やかで、透明だった。
まるで世界そのものが息を潜め、何かを待っているかのような静寂。
蓮たちは、その中心に立っていた。
周囲にはいくつもの世界が浮かんでいた。
球体のように光を帯び、内部で都市が、海が、天空がそれぞれ独自の法則に従って動いている。
「……これ、全部“世界”なの?」
ネフェリスが呆然と声を漏らした。
瞳に映るのは、無数の星――いや、無限の“創界”。
ミストが端末を展開し、淡々と解析を始める。
「確認できるだけで七百十二の異界構造。しかも、それぞれが独自の因果系を持ってる……。これは、“並行創造層”ね」
「つまり、あの“アカシック・フロント”のさらに外側……?」
ノアが息を呑む。
「そう。創造の自由を得た結果――
“無数の創造者”が同時に存在しうる状態に世界が変質したのよ」
「つまり、俺たちは――この無限の創界の“ひとつ”ってわけか」
蓮が空を見上げながら呟いた。
その声は、静かに響いて、いくつもの光球が応えるように瞬いた。
イリスが隣に立つ。
「でも、感じない? どこかから、視線を……」
「視線?」
蓮が眉を寄せる。
確かに感じた。
遠くから、けれど明確に――自分たちを見つめる“意識”を。
「……観測が戻ってきてる?」
ミストの声がかすかに震えた。
「いや、これは――観測じゃない」
蓮が目を閉じる。
「これは、“対話”だ。……誰かが、呼んでる」
次の瞬間、虚空が波打った。
光が弾け、ひとつの人影がゆっくりと形を取る。
「――ようやく、会えたな」
その声に、全員が息を呑んだ。
そこに立っていたのは、蓮と同じ顔をした青年。
けれど、その瞳は深紅に染まり、口元には冷たい微笑が浮かんでいた。
「お前は……!」
「そう、俺は“もう一人のお前”――《レン・オルタ》。創界連結体第零位、原初の逸脱者だ」
イリスが即座に結界を張る。
「どういうこと……? 蓮は“創造と共に在る者”になったはず。それなのに――」
レン・オルタは小さく肩をすくめた。
「創造が複数存在するなら、“選択”もまた分岐する。お前が“世界と共に在る”ことを選んだ瞬間、別の俺は“世界を超える”ことを選んだんだ」
「つまり、私たちの“選択”が、別の存在を生んだ……?」
リーナが低く呟く。
「その通り。……そして今、俺は統合を望んでいる」
「統合?」
「無数の創界をひとつに束ね、再び“唯一の世界”を創る。すべての意志、すべての物語を統一する――それこそが、真の創造の完成だ」
「ふざけるな」
蓮の声が鋭く響いた。
「それはただの支配だ。無限に広がった世界を“ひとつ”に戻すなんて――せっかく得た自由を、奪う行為じゃないか!」
レン・オルタは微笑を崩さない。
「自由は混沌を生む。秩序のない創造は、いずれ互いを食い合う。それを防ぐためには、“中央”が必要だ。――だから俺は、お前と融合する」
「……やっぱり、そう来るか」
蓮がため息をつき、剣を抜く。
その刀身に、淡い創造の光が宿った。
「お前は“もう一人の俺”かもしれない。だが、俺は――世界を縛る王にはならない」
レン・オルタが片手を上げる。
虚空から黒い輪がいくつも生まれ、その中心に無数の刃が浮かぶ。
「ならば証明してみせろ。“分かたれた創造”のどちらが正しいか――!」
――光が爆ぜた。
* * *
衝突は、音を持たなかった。
だが、世界そのものが震えた。
剣と剣がぶつかり合い、概念と概念が干渉し合う。
蓮の創造光は柔らかくも強靭で、相手の攻撃を受け流しながら再構成する。
一方のレン・オルタの力は“消去”そのもの。
創造を否定し、秩序として固定しようとする。
「同じ力のはずなのに……!」
リーナが叫ぶ。
「どうしてこんなに違うの!?」
「“想い”の方向性よ!」
イリスが叫び返す。
「蓮の力は“他者と共に在る”創造。でも彼のは、“他者を制御する”創造! その差が――この世界を決める!」
レン・オルタが微笑む。
「理想論だな。お前のような“共存”は、やがて矛盾で崩壊する。俺が完全に統一してやる。……そのためには、俺たちが一つになる必要がある!」
「断る!」
蓮の叫びと同時に、彼の背に再び光の翼が展開した。
――創造再帰因子、起動。
無数の魔法陣が空に浮かび上がり、仲間たちの力がそこへ流れ込む。
ミストがデータを解析し、ノアが因果制御装置を起動。
リーナが剣を掲げ、カイエンがその刃を炎で覆う。
ネフェリスの歌が空に響き、マリルの魔具が光を増幅させた。
「“世界を繋ぐ想い”――それが俺たちの力だ!」
蓮が叫び、創造の剣を振り上げる。
「連結創界式――《インフィニティ・ネクサス》!」
光が放たれ、無数の世界が共鳴する。
彼らの背後で、それぞれの創界の住人たちが光となって祈りを捧げた。
誰もが望んだのは、ただ“自分で選べる明日”だった。
その想いが連なり、光となり、蓮の剣に宿る。
レン・オルタが目を見開いた。
「これは……人々の意志……? この数は――!」
「これが、俺たちの世界の“答え”だ!」
蓮が剣を振り下ろす。
刃が虚空を裂き、無数の光の筋が奔った。
それは破壊ではない――“融和”の光。
レン・オルタの輪郭が崩れ、黒い鎖が音もなく解けていく。
そして、静かな声が残った。
「……お前の選んだ道も……悪くないな」
「お前は――俺だ。だからこそ、いつかまた語り合おう。“創造”がどんな未来を描くか……な」
レン・オルタは微笑み、光に溶けて消えた。
* * *
戦いが終わり、世界が静まる。
蓮は剣を下ろし、深く息をついた。
「……終わったの?」
リーナが尋ねる。
「いや。終わりじゃない」
蓮が微笑む。
「これからだ。無限に広がった世界をどう生かすかは、俺たち次第だ」
イリスが頷く。
「ええ。創造は終わらない――“今を生きること”が創造だから」
ネフェリスが軽く手を叩いた。
「じゃあ、まずは帰ってお祝いしなきゃね!」
ミストが苦笑する。
「あなたは本当に現実的ね……でも、そういうの、嫌いじゃないわ」
笑い声が広がる。
彼らの背後で、無数の創界が光り輝き、ゆっくりとひとつの“ネットワーク”を形成していく。
それは秩序ではなく、繋がり。
ひとつに統一されない、無限の交わり。
蓮は空を見上げる。
「……“無限の世界”か」
イリスが寄り添いながら囁く。
「これから、どこまで行けるのかしらね」
蓮は微笑む。
「行けるところまで行こう。俺たちの創る、“誰にも縛られない世界”の果てまで――」
光が再び満ちていく。
無限に続く創界の連なりの中、
蓮たちは歩き出す。
新しい物語へ。
終わりなき創造の先へ。
そして――その背後で、静かに目を開く“新たな観測者”の影があった。
それは、まだ誰も知らない。
“次なる物語”の、幕開けの気配だった。
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