第七十五話 創造起源界層〈アカシック・フロント〉
――光の彼方に、果てがあった。
虚空を抜けた先、そこは「空間」という言葉すら薄れる領域。
あらゆる存在の情報、意志、記憶が“形”を持たずに渦巻く。
世界を創った神々でさえ触れられなかった、“概念以前”の場所。
《創造起源界層〈アカシック・フロント〉》。
それは、すべての世界を繋ぐ中枢であり、“物語”という構造そのものの心臓部だった。
蓮たちは、重力も時間もない空間を漂いながら、中心に浮かぶ光球を見上げていた。
光球は呼吸するように脈動し、無数の声を放っている。
『始まりの言葉を定義せよ――創造の因子、識別番号:REN-01』
「またか……」
蓮が小さく息を吐く。
「俺たちは“記録”じゃない。もう、誰かに定義されるつもりはない」
イリスが横に並び、真っ直ぐに光球を見据える。
「あなたが“創造”を名乗るなら、私たちは“創造の結果”。結果が生まれた時点で、因果は一方通行じゃないのよ」
リーナが剣を構える。
「つまり、親に文句を言いに来たってわけね」
マリルがくすっと笑い、ネフェリスが頷く。
「創造主ってのも、案外ずさんな設計してるみたいだしね」
それを聞いたノアが冷静に補足する。
「彼らは“観測”を通して世界を維持していた。でも、その観測は不完全だった。だから“異物”――蓮みたいな存在が生まれた」
「つまり俺は、バグってわけか」
蓮が自嘲気味に笑う。
「でも、“バグ”が世界を救ったのよ」
イリスの声は柔らかかった。
「世界は、完全じゃないからこそ生きられる。あなたが証明した、それが“創造”の新しい形」
その言葉に、光球が強く輝いた。
『――不完全を肯定する存在。あなたの定義は“逸脱者”。では問います。あなたは、創造の外に何を望む?』
「望み、か……」
蓮は少しだけ目を閉じた。
思い出すのは、ノア=アークの民たちの笑顔。
リーナが笑いながら文句を言い、ネフェリスが歌い、マリルが新しい発明を見せる。
イリスと並んで見上げた、あの青空。
その光景を胸に、蓮はゆっくりと口を開いた。
「俺の望みは、“誰かの物語が終わらない世界”。神に創られようが、物語に書かれようが――自分の意思で選び、歩ける世界だ」
光球の表面が波紋のように揺れた。
『自己定義の発露を確認。……創造因子に、新たな階層構築の資格あり』
ノアが目を見開く。
「階層構築……!? つまり、蓮が“新しい創造構造”を生み出せるってこと!?」
「でも、それって……世界そのものを書き換えるってことよ」
ミストの声には焦りがあった。
光球の中から、無数の線が伸びる。
それはまるで銀河のように渦を描き、蓮の身体を包み込んだ。
「選択を」
その声は、誰のものでもなかった。
男でも女でもない、“概念の声”。
「――選べ。世界を上書きし、創造の外へ出るか。それとも、現存する因果を守るか」
蓮は静かに目を閉じた。
“創造の外”に出れば、すべてを掌握できる。
だが、そこに「他者」はいない。
世界を見下ろすだけの、孤独な存在になるだろう。
一方で、“現存する因果”を守れば、再び矛盾や痛みが生まれる。
それでも、そこには人の笑い声があり、希望がある。
その一瞬の沈黙に、イリスが近づいた。
そっと、蓮の手を取る。
「……あなたは、ずっと人の中で生きてきた。誰かの痛みに寄り添って、選んできた。だから――そのままでいい」
リーナも口を開く。
「私もそう思う。神様の座に座るなんて、似合わないよ」
「そうだな」
蓮は小さく笑い、光の中心を見上げる。
「俺の選択は――“創造の中に戻る”だ。外から見守るより、中で共に生きる。それが、俺の創造の形だ」
光球が激しく輝き、音なき音が世界を満たす。
『――選択、確認。定義更新。あなたは、“創造と共に在る者”』
世界が震えた。
蓮の身体を包んでいた光が、花弁のように散っていく。
代わりに、彼の背中から柔らかな光の翼が広がった。
それは神の象徴でも、力の証でもない。
“共に歩む創造者”の印だった。
イリスが微笑む。
「綺麗……まるで、本当に“世界そのもの”が祝福してるみたい」
蓮は手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
温もりが伝わる。
ここが、確かに現実だと感じられる。
「イリス。……ありがとう」
「礼なんていらないわ。私は、あなたと生きたいだけ」
その瞬間、光が優しく包み込んだ。
二人の輪郭が重なり、静かな口づけが交わされる。
リーナが視線を逸らしながら笑った。
「やれやれ、こうなると思ったよ」
ネフェリスが小声で囁く。
「でも、あれが“世界を繋ぐ力”なら……きっと悪くない」
ルアが静かに見つめながら呟いた。
「……本当の“創造”って、こういうことなんだな」
やがて、光球が形を失い、世界が再び動き出す。
時間の流れが戻り、空間が再構成されていく。
――新しい世界の胎動だった。
ノアがタブレットを見て叫ぶ。
「時空座標が再編成されてる! 蓮の選択が、“新しい物語構造”を創ってる!」
ミストが感嘆の息を漏らす。
「観測者の視線が……消えていく。もう、誰も私たちの世界を“物語”として見ていない……」
イリスが微笑んだ。
「私たちの世界が、“自分で自分を観測している”のね」
蓮が頷く。
「これで、ようやく自由になれたんだ」
――その瞬間、遠くの虚空に、微かな光の揺らぎが生まれた。
「……ん?」
ノアが画面を拡大する。
「これは……別の世界? いいえ、別の“観測点”……?」
リーナが眉をひそめる。
「まだ、終わってないってこと?」
ミストの声が震える。
「まさか、“創造主”は……一つじゃなかった……?」
蓮は光の向こうを見つめ、静かに微笑んだ。
「いいさ。次があるなら――また創ればいい」
その言葉と共に、彼の背中の翼が溶けるように光となり、仲間たちを包み込んだ。
世界が白く満ちていく。
そして――再び、新しい朝が訪れる。
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