第七十四話 原初境界交差点〈リム・オブ・オリジン〉
蒼い光が世界を裂いた。
それは稲妻でも、転移魔法でもなかった。
“世界の外側”から、こちらを覗き込む視線のような、冷たい光。
ノア=アークの空は、星々の瞬きごとにその輝度を増していく。
まるで、夜空そのものが「こちらを見ている」かのようだった。
「……これが、“リム・オブ・オリジン”の座標反応か」
ミストが解析装置を操作しながら呟く。
彼女の指先が走るたび、ホログラム上の空間がねじれていく。
「観測波が高すぎる……世界そのものの“外構データ”に触れている」
ノアが苦い声で続けた。
「簡単に言うと、私たちの“物語の外”が、こっちに侵入してこようとしているってことね」
リーナが手にした魔剣を構える。
その刀身に、淡い蒼光が宿った。
「向こうの“観測者”が干渉してるんだな」
蓮は小さく息を吐き、手の中の“創造の紋章”に意識を集中させた。
掌の光が強くなる。
それは、世界の深層とつながる証。
イリスが一歩前に出た。
「境界が不安定化してる。今のうちに“向こう側”へ渡らないと、通路そのものが閉じてしまうわ」
「どのくらいの時間がある?」
「十五分。……いいえ、実質十分も持たない」
「なら、迷ってる暇はないな」
蓮は振り返り、仲間たちを見た。
リーナ、ミスト、ノア、ネフェリス、カイエン、マリル、ルア――
誰もが既に覚悟を決めた目をしていた。
「俺たちが行くのは、“創造”の外。つまり、神々ですら立ち入らなかった領域だ。帰れる保証はない。それでも行く」
「……帰る場所は、もうここにあるから」
リーナが笑う。
「守るために行くんでしょ? あんたらしいじゃない」
イリスが微笑みながら頷く。
「この世界が、誰かに“物語”として閉じられないように」
蓮は頷き、空を見上げた。
そこに――“裂け目”が生まれていた。
夜空が螺旋を描きながら、中央に白い門を形成していく。
ノアが言う。
「この反応は……“外部観測構造体”。もしかして、向こうに“誰か”がいるのかも」
「誰か?」
「私たちの世界を“見ている”者。……創造主と呼ばれた存在のさらに外側――“観測の起源”」
「行くぞ」
蓮が短く言い放つ。
彼の背後で仲間たちの魔力が共鳴し、七つの光の柱となって門に収束する。
――そして、全ての光が一点に集束した瞬間、彼らは“外界”へと踏み出した。
* * *
そこは、色も音も、時間すら存在しない“虚数空間”だった。
蓮たちの足元には何もない。
しかし“落ちる”こともない。
上下の区別すら意味を失ったその場所で、ただ意識だけが存在していた。
「……ここが、“リム・オブ・オリジン”」
イリスが小さく呟いた。
彼女の瞳には、無数の光粒が映っていた。
それは星のようであり、記憶の断片のようでもあった。
「時間が……止まってるの?」
リーナが辺りを見回す。
「違う。時間が“全部重なってる”の」
ミストが静かに答えた。
「過去も未来も、同時に存在している空間。観測者にとっては、ここが“舞台裏”よ」
「つまり、“物語の原稿そのもの”ってことか……」
蓮が苦く笑う。
その時だった。
無音の闇の中に、声が響いた。
『――観測記録、異常値確認。コード:REN-01、侵入を検知』
機械的な声。だがその響きには、確かな“意志”があった。
「誰だ?」
蓮が声を上げる。
『記録上、あなた方は“完結済みシナリオ”の登場存在です。ここへの侵入は規約違反となります』
「完結済みシナリオ……? 俺たちはまだ、終わってない!」
『終わりは観測によって定義されます。あなた方の意思は、物語の外では無効です』
「――ふざけるな!」
リーナが剣を構える。
「誰かに“終わり”を決められるなんてまっぴらだ!」
その瞬間、闇の奥から巨大な構造体が姿を現した。
数え切れぬ幾何学模様が回転し、中心に巨大な瞳が開く。
『観測守護体〈プロト・アーカイヴ〉起動。記録の外存在を削除します』
「来るぞ!」
カイエンが叫ぶ。
蓮が即座に反応し、手を掲げた。
「展開――“創造再帰陣”!」
黄金の光が広がり、仲間たちを包み込む。
同時に、プロト・アーカイヴの光線が放たれた。
それは物理的な攻撃ではない――“存在そのもの”を消去する波動。
「ミスト、解析は!?」
「概念階層攻撃! 通常の防御じゃ意味がない!」
「なら――概念を上書きする!」
蓮が吼えた。
手の紋章が燃え上がる。
“存在を消す”力なら、“存在を創る”力で打ち消す。
それが、彼が得た“創造者”としての権能。
次の瞬間、彼の足元に無数の魔法陣が展開された。
幾重にも重なり、光の文様が世界を再定義していく。
「定義変更――“観測される者”から、“観測する者”へ!」
光が弾け、波動が逆流する。
プロト・アーカイヴの巨大な瞳が軋み、内部構造が崩れ始めた。
『観測定義、逆転……!? 記録上不可能な現象――!』
「不可能を可能にするのが、俺たちの“物語”だ!」
蓮が剣を掲げ、全力で振り抜く。
――光の奔流が、虚空を貫いた。
プロト・アーカイヴが崩壊し、闇の奥に新たな光が灯る。
『……観測記録、更新。――あなた方の存在、再定義:〈創造側存在〉』
声は消えた。
ただ、静寂の中に光が満ちていく。
イリスがゆっくりと歩み寄り、蓮の肩に手を置いた。
「……本当に、“外”まで届いちゃったわね」
「まだ、始まったばかりだ。この先に、“観測の起源”があるはずだ」
ルアが前に出た。
「その先に、“真の創造主”がいるのかもしれない」
蓮は頷き、遠くに輝く光を見据える。
その輝きは、まるで新しい世界の夜明けのように眩しかった。
「行こう。俺たちの物語を、誰の手にも渡さないために――」
七つの光が、虚空の先へと歩み出す。
その向こうに待つのは、“観測の起源”、そして“創造の真実”。
彼らは知らなかった。
その旅が、世界のすべての“物語”を巻き込む戦いの始まりになることを――。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




