第七十三話 創造再帰記録〈ジェネシス・リプレイ〉
新しい朝が訪れていた。
ノア=アークの中央神殿、その天蓋から降り注ぐ光は、まるで世界そのものが祝福を与えているようだった。
蓮は静かに目を開け、掌を見つめた。
そこに宿るのは、淡く輝く“創造の紋章”――虚界でアナザー・レンと融合した証だ。
それはただの魔法でも、神器でもない。
存在の再定義、そして“世界と共に歩む力”だった。
「おはよう、蓮」
声をかけたのはイリスだった。
白銀の髪が光を反射し、まるで新しい時代の幕開けを象徴しているように見えた。
「……まだ慣れないな。全部が変わった気がする」
「変わったのよ。あなたが“もう一人の自分”を受け入れたから」
イリスは微笑み、手を伸ばした。
蓮はその手を握る――その瞬間、世界の輪郭が柔らかく震えた。
「……これは?」
「共鳴。あなたの“創造波”が、世界全体とリンクしてるの」
ノアが横から説明する。
タブレット型の魔導端末を操作しながら、彼女は新しいグラフを表示した。
神殿の上空、星々の間に、無数の光の糸が張り巡らされている。
「これは“再帰回路”。創造者と世界の意識が双方向でつながっている証。今、あなたの呼吸ひとつで、草木が芽吹き、雲の流れが変わる」
「つまり、俺が――世界の一部になったってことか」
「そう。神ですらない、“共に在る存在”へ」
イリスがそっと目を伏せた。
蓮は立ち上がり、神殿のバルコニーに出た。
そこから見えるのは、再建の進むノア=アークの都。
魔導炉が稼働し、浮遊水路を行き交う船の群れ。
子どもたちの笑い声が風に乗って響く。
「……これが、俺たちの創った世界」
「ええ。でも、安定はまだ“仮”よ」
ミストがデータ端末を抱えて近づいてくる。
「観測結果によると、再帰回路の安定率はまだ72%。このままだと“観測者干渉”の影響で再び因果が乱れる可能性があるわ」
「観測者……?」
「虚界で君と対峙していた“外界の視点”よ」
ノアが低く言う。
「つまり、“この世界を物語として見ている者たち”」
蓮は眉をひそめた。
それはかつてイリスが言っていた、“創造を見つめる存在”――神でも人でもない、“観測する意志”。
「……つまり、俺たちの世界は、まだ“観測されている”のか」
「ええ。そしてその視線が強くなればなるほど、創造は“外部干渉”を受ける」
ミストの声には緊張がこもっていた。
「放っておけば、いずれこの世界は“設定”として崩れる。あなたの世界が“物語”として固定化される前に、再帰回路の再構築が必要なの」
「……つまり、“物語の外”に干渉してくる存在がいる、ってことか」
「その通り」
イリスの瞳が真剣な光を宿す。
「だから私たちは、“観測されない世界”を作らなければならない」
蓮は頷き、無限アイテムボックスを開いた。
そこには、星詠の神殿から持ち帰った“アカシック・リゾナンス・コア”が収められていた。
記録、記憶、そして可能性をつなぐ中枢。
「これを使う。世界の深層で、“物語”を自律的に書き換える」
ノアが息を呑む。
「でも、それは危険すぎる。もし干渉が跳ね返れば――君自身の存在が消える」
「構わない。俺たちの世界を、誰かの手で支配されたままにはしたくない」
蓮の声には、確固たる決意があった。
その姿を見て、イリスは静かに頷く。
「ならば、私たちも一緒に行くわ」
「待って、蓮」
ノアが一歩前に出た。
「もし本当に“観測者”が干渉しているなら、外界との接点――“境界域”を見つける必要がある。それは、次元を超えた交差点……《リム・オブ・オリジン》」
「原初の縁……か」
「そこに行けば、“物語の外”が見えるはずよ」
* * *
夕刻。
ノア=アーク上層部の会議室には、主要メンバーが集まっていた。
蓮、イリス、リーナ、ノア、ミスト、ネフェリス、カイエン、マリル――
そして、静かに扉の影から見つめていたのは、新たに選定された少年、ルア。
「……俺も行く」
ルアが静かに言った。
かつて星界で目覚めた“空白の星命”。今や彼もこの国の一員だった。
「ルア、君はまだ安定していない。因果の振動が――」
「それでも、俺は行く。“生まれた意味”を知りたいんだ。この世界が、どんな理に縛られてるのか」
蓮はしばし彼を見つめ、ゆっくり頷いた。
「……わかった。一緒に行こう。だが、危険は俺たちが引き受ける」
ルアが笑みを浮かべる。
「君、ほんと優しいな。……まるで、昔の神様みたいだ」
リーナが横で苦笑する。
「昔の神様って、そんな気軽に言うことじゃないでしょ」
会議の空気がわずかに和む。
けれどその裏には、確実に高まっていく“何か”の気配があった。
ノアがモニターを指差す。
「見て。観測点の外側――“リム・オブ・オリジン”の座標に異常エネルギー反応がある」
それは、まるで“誰かが扉を叩いている”ような波形だった。
「……向こうから、開こうとしてるのか」
蓮の瞳が鋭く光る。
「行くしかないな」
イリスが頷く。
「ええ。観測の外――物語を越えた先へ」
その時、外の空がわずかに揺らいだ。
星の並びが、一瞬、逆転したのだ。
「始まったわね……」
ミストがつぶやく。
「“物語の観測戦争”が」
蓮は剣の柄に手を置き、静かに笑った。
「なら、俺たちは書き手として戦う。――この世界を、誰のものでもない、“俺たち自身の物語”にするために」
光が広がる。
新たな旅が、再び始まろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




