第七十二話 鏡界の創造主〈アナザー・レン〉
白と黒が反転した世界。
音も匂いも希薄で、ただ存在の概念だけが漂う空間。
そこに、二人の“蓮”が立っていた。
一人は、この世界を創り、仲間と未来を選んだ“現実の蓮”。
もう一人は、創造の完全制御を求め、“因果の自律系”として生まれた“虚界の蓮”。
彼らは同じ顔をしていた。
だが、その瞳の奥――片方には希望の光が、もう片方には静かな絶望があった。
「……お前が、俺か」
現実の蓮が低く呟く。
「正確には、“創造を失敗したお前”の投影だ」
虚界の蓮――アナザー・レンが答える。
その声は落ち着いていて、同時に冷たい理性に満ちていた。
「失敗……?」
「そうだ。お前は自由を与えた。だが自由は秩序を壊す。“ノア=アーク”の理は、再び矛盾を生む。選定者が現れ、虚神が復活し、そして……また世界は輪廻する」
アナザー・レンはゆっくりと手を広げた。
背後に、虚界の空間が波打ち、そこから幾千もの記憶の断片が浮かび上がる。
滅びた都市、崩れた大地、涙を流す人々――それは“別の世界”の終焉。
「見ろ。これはお前が選んだ自由の果てだ。人は再び神を求め、神はまた人を裁く」
蓮の拳が震えた。
「……それでも、俺は信じる。人の意志は、神の理よりも強い」
「理想論だ。意志は時間と共に腐る」
アナザー・レンが歩み寄る。
その足取りは静かで、だが一歩ごとに空間が崩壊していく。
「お前が信じた“個”の自由は、いつか“総体の崩壊”を呼ぶ。ならば、創造主は全てを統制し、永遠に保つべきだ」
「それじゃあ、人はただのプログラムだ」
「プログラムの方が、美しい」
その言葉に、蓮は息を詰まらせた。
目の前の男――アナザー・レンの瞳には、確かな信念が宿っていた。
それは、愛情でも支配でもない。“安定”への執着だった。
沈黙。
虚界の風が、二人の髪を揺らす。
「……どうやら、言葉では通じないようだな」
蓮がゆっくりと右手を上げる。
蒼い光が掌に集まり、かつて星界を救った神装兵装〈アーク・ディバイダー〉が顕現する。
「創造主として、お前を否定する」
「面白い」
アナザー・レンの周囲に、黒い光が渦を巻く。
そこから現れたのは、禍々しい神装――〈ネメシス・システム〉。
オーディンの断片を吸収し、虚界で進化した“もう一つの神機”だ。
「お前が希望を信じるなら、俺は絶望を受け入れよう。理想と現実、どちらが真の創造か――ここで決めようじゃないか」
――次の瞬間、二つの世界が衝突した。
白と黒の閃光が虚界を裂き、因果が悲鳴を上げる。
アーク・ディバイダーの光刃が走り、ネメシス・システムの重装がそれを受け止める。
衝撃波が空間を千々に砕き、記憶の断層が飛び散った。
「ッ……!」
蓮が剣を振るうたび、仲間たちの姿が閃光に映る。
リーナ、イリス、ノア、そして――この世界で出会った全ての人々。
その光景に、彼は叫んだ。
「俺の創造は、支配のためじゃない! “共に在る”ためだッ!」
「ならば、証明してみせろ!」
アナザー・レンの声が轟き、虚界全体が爆ぜた。
記憶の欠片が剣となり、過去の幻影が波のように押し寄せる。
蓮はその中を突き抜け、蒼い光の刃を振り抜いた。
――交差する二つの存在。
その瞬間、虚界に裂け目が走った。
光と闇が拮抗し、因果が反転する。
静寂。
次の瞬間、蓮の視界が真っ白に染まった。
気づけば、そこは“誰の記憶でもない空間”だった。
音も、形も、感情すら存在しない――完全なる“ゼロの領域”。
「……ここは……?」
「最初の創造の座だ」
振り返ると、そこにはアナザー・レンがいた。
だが、その表情にはもはや敵意はなかった。
「お前は……なぜ戦いを止めた?」
「気づいた。お前の理も、俺の理も、結局は同じ場所に帰る。“終わりを恐れず、続けようとする意志”だ」
蓮は息を呑む。
アナザー・レンの体が、ゆっくりと光に変わっていく。
「俺はお前に統合される。創造とは、分離ではなく――共鳴だ」
「……ありがとう」
光が弾けた。
蓮の胸の中に、もう一つの鼓動が生まれる。
それは、“もう一人の自分”の願い。
創造の理を超えた、“存在の調和”の記憶だった。
やがて、虚界が崩れ始める。
現実界への帰還が始まっていた。
「……帰ろう」
蓮は光の中に歩き出す。
その背後で、アナザー・レンの声が微かに響いた。
――創造を続けろ、レン。
光が収束し、虚界は静かに閉じた。
* * *
目を開けると、そこはノア=アークの中央神殿。
イリスとノアが、息を呑んで蓮を見つめていた。
「……戻ったのね」
「ああ。全部、終わった」
蓮の瞳に、穏やかな光が宿っていた。
だが、その光の奥には、確かに“もう一人の蓮”の記憶が眠っている。
「虚界は閉じた。けど、あれは……消えたんじゃない。“記録”として、俺の中に残ってる」
ノアが微笑んだ。
「なら、それでいい。創造とは、終わりを記録することでもあるからね」
蓮は静かに頷き、青空を見上げた。
そこには、どこまでも澄んだ光が広がっていた。
新しい世界の幕開け――
それは、自由と責任が共に歩む“真の創造”の始まりだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




