第七十話 再起動する神機〈リブート・オーディン〉
――世界の呼吸が、止まった。
ノア=アーク全域。
空を覆う二つの太陽のうち、一つが急速に光を失い、
天の半分が赤黒く染まり始めていた。
人々が空を見上げる中、建設中の都市は次々と静止する。
魔導灯が消え、通信回路が途絶し、
理制御塔〈セレスティア・スパイン〉の頂からは不穏な光柱が噴き上がった。
「理制御塔の出力が暴走しています!」
ミストが悲鳴を上げる。
「原因は……外部侵入コード! “オーディン・プロトコル”が再起動を完了!」
蓮は、塔の外縁部に立って空を見上げた。
大気中に走る無数の光の線――それはまるで、世界全体を走査するかのように広がっていく。
「……やっぱり、止められなかったか」
「蓮!」
リーナが駆け寄る。
「防衛結界、すでに突破されてる! もうどこにも安全圏はない!」
「知ってる」
蓮は静かに答え、空に手をかざした。
「だけど、やらなきゃならない。これは――“創造者”としての責任だ」
* * *
中枢制御室では、ノアが必死に魔導演算を続けていた。
額から汗を流しながら、指を滑らせる。
「制御塔の根幹プログラムに侵入されてる……!でも、まだ完全ではない! 内部回線の一部を切断すれば――」
彼の言葉を遮るように、全スクリーンが一斉に黒く染まった。
《――認識確認。創造主:レン・アマギ》
機械のような、しかし感情を孕んだ声が響く。
《あなたの創造は美しかった。だが、秩序なき創造は破滅を生む。私は“記録”をもって、この世界を是正する》
ノアが歯を食いしばった。
「……言わせておけばっ!」
魔導陣を展開し、干渉コードを逆流させる。
しかし、次の瞬間――背後の壁が光に包まれ、
オーディンの“残響体”が現れた。
「こんな……直接顕現!? ここは物理層だぞ!」
《記録は、あらゆる位相に存在する。私は“観測”によって現れる》
冷たい光がノアの身体を貫く。
「がっ……!」
「ノア!」
イリスが駆け込んでくる。
彼女の手から光が放たれ、エネルギー障壁がノアを包む。
「これ以上、誰も奪わせない……!」
《あなたは、創造者の傍らに立ちすぎた。記録の均衡を乱す存在は、削除対象》
「削除? そんな理屈、世界を“生きる者”には通用しない!」
イリスが声を張り上げ、光翼を展開する。
彼女の背後に幾重もの魔法陣が浮かび上がる。
「《創界律・第四式――アストラル・セレスティア》!」
純白の閃光が走り、オーディンの影を弾き飛ばす。
だが、その破片が瞬時に再構成された。
《無駄だ。創造も破壊も、すべて“記録”の一部》
イリスが歯を食いしばる。
「なら……記録されない“奇跡”を見せてあげるわ」
* * *
同刻、塔の頂。
蓮の前に、青白い幻影が姿を現した。
それは、かつての帝国時代の神機オーディン――しかし今は、人の形をしていた。
「……お前が、本体か」
「“形”など意味はない。私は情報の総和。あなたの創造の、対義として存在するもの」
蓮は剣を抜く。
「創造と記録……確かに、どちらも必要だ。でもお前のやり方は、“生きる意思”を否定してる」
「意思は不完全だ。だから修正が必要。あなたの創った世界は、美しいが脆い」
「脆くていい。だからこそ、守りたくなる。俺たちは、神のように完璧じゃないからな」
蓮が剣を構えると、オーディンの周囲に幾何学模様が浮かぶ。
世界そのものを巻き込みながら、戦いが始まった。
* * *
――衝突のたびに、空が軋む。
光の刃と光の軌跡が交差し、周囲の空間が波打つ。
理の層が剥がれ、下層世界の断片が見え隠れする。
蓮の剣が、オーディンの核をかすめた。
だが、オーディンは即座に再生し、冷たく告げる。
「あなたの力は、“理の外”にある。それを使えば、世界は再び歪む」
「構わない。俺はもう、“理の内側”で生きる気はない」
蓮の目に、確かな決意が宿る。
「創造者である前に――“一人の人間”として、選ぶだけだ!」
剣が閃き、光が炸裂した。
衝撃波が空を切り裂き、塔の周囲が一瞬で白く染まる。
その光の中、イリスの声が響く。
「レン――!」
蓮の体が光に包まれる。
視界の奥、オーディンの形が崩れていく。
「これで……終わりだ」
だが――その瞬間、オーディンの残響が微かに笑った。
「終わり? いいや、創造の果てにあるのは――常に“次の記録”だ」
光が爆ぜた。
* * *
――静寂。
気づけば、蓮は白い空間にいた。
無音の世界。上下も境界もない。
「……ここは?」
『観測領域。あなたが私を滅した瞬間、両者の記録が融合した』
声が響く。
目の前に、オーディンの姿が再び浮かぶ。
『あなたは創造者。私は記録者。どちらかが欠ければ、世界は崩壊する』
「……融合を提案してるのか?」
『否。選択だ。創造を続けるか、それとも記録に還るか。あなたの“意志”で決めよ』
蓮は目を閉じた。
脳裏をよぎるのは、イリスの笑顔、仲間たちの声。
そして――あの言葉。
“創造とは、誰かと共に生きることだ”
蓮は、静かに目を開いた。
「俺の選択は一つだ」
手を前に出す。
掌から、淡い光があふれ出す。
「記録も、創造も、どっちか一方じゃない。俺たちは――“共に在る”」
その瞬間、白い空間が輝きに包まれた。
オーディンの姿が溶け、光となって蓮の中に流れ込む。
新たな声が、彼の中に響く。
『……融合、完了。創造記録律、統合。識別名:アーク・オーディン――』
「いや、それは違う。名前は――“ノア”。新しい世界の守護者だ」
光が弾け、現実世界が再構築される。
* * *
――空が再び青に染まった。
理制御塔の暴走は収まり、
ノア=アークの街に光が戻る。
「レン!」
イリスが駆け寄り、彼を抱きしめた。
「おかえり……!」
蓮は微笑む。
その胸の奥に、確かに新しい鼓動を感じていた。
「……ああ。帰ってきたよ」
空を見上げると、二つの太陽が静かに重なっていく。
まるで、“記録”と“創造”が一つになったかのように。
こうして――新世界の理は、再び歩み出した。
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