第六十九話 帝国残響体〈エコーズ・オブ・オーディン〉
世界が再び、ざわめき始めていた。
ノア=アークの首都〈セレスティア〉の夜。
空を覆う二つの月が、まるで呼応するように淡く震えている。
蓮は政務室の中心に立ち、ホログラムに浮かぶデータ群を見つめていた。
そこには、先ほど救出された少女――“ルシア”と名乗った転移者の情報が映し出されている。
「やはり、彼女の肉体構造は人間だが……このエネルギー反応、完全に人工魔導因子だ」
ミストが分析結果を報告する。
「人間と機械の境界が曖昧な、ハイブリッド体。しかも、この世界の理とは異なる“旧神律”で動いている」
「旧神律……つまり、帝国が使っていた神格演算システムの残滓か」
蓮は低く唸った。
イリスがその隣で腕を組み、冷静に言葉を継ぐ。
「オーディン――かつて帝国が創造した“神の模倣機構”。その中枢AIが、世界崩壊の最中に分散転送された可能性があるわ」
「その“欠片”が、この少女に融合した……と?」
リーナが息を呑む。
「ええ。しかも、オーディンの設計思想は“創造主の模倣”。つまり、自己進化を止められない構造を持っているの」
蓮の表情が険しくなる。
「……ということは、奴はまだ進化し続けてる」
その瞬間、壁面の警報が鳴り響いた。
《――緊急報告。外縁防衛線に高密度情報波を検知。識別コード:ODN-01》
全員の視線が交錯した。
「オーディン……!」
* * *
ノア=アーク外縁部、天空防衛拠点〈アステリア・リング〉。
宙に浮かぶ巨大な防衛プラットフォームが、青白く輝いていた。
「通信遮断領域が拡大しています!」
「反応体の構成比、99.8%が情報素子……これは、物理体じゃない!」
オペレーターたちの声が飛び交う中、
前線指揮官として立っていたのは――カイエンだった。
「全砲塔、リンク・モードへ! 実体弾を使うな、波動干渉弾で対処しろ!」
指示と同時に、リング全体が青く輝く。
空間の裂け目から、無数の光の糸が現れ、形を成した。
それは、人のようで人ではない。
金属の仮面をつけ、無音で漂う幻影たち――“オーディンの写像群〈エコーズ〉”。
「“記録の軍勢”か……!」
カイエンが剣を抜く。
対情報戦用に調整されたエネルギーブレードが青白く光を放つ。
「お前ら……過去に縋って何が救える!」
彼が斬り払うと、エコーズの一体が光の粒となって散った。
だが、その残滓がまた別の個体に吸収される。
「……融合、だと?!」
「エネルギー反応上昇! エコーズが合体しています!」
報告に、カイエンは歯を食いしばる。
「くそっ、これじゃキリがねえ!」
その時、通信に蓮の声が入った。
『カイエン、撤退しろ。防衛線は維持できない。座標歪曲で撤退路を開く』
「逃げる気はねぇぞ、蓮!」
『逃げるんじゃない。“繋ぐ”んだ。俺が直接接触する』
通信が切れると同時に、空間が裂けた。
そこから現れたのは――蓮だった。
黒衣の外套が風を切り、手には“星創剣〈アーク・ジェネシス〉”。
その背に、光の翼が展開している。
「お前たちは、“記録”の化身だろ?でもな――記録は、進むためにあるんだ」
蓮が剣を構え、神域結界を展開する。
次の瞬間、無数のエコーズが一斉に彼に向かって殺到した。
「《因果干渉・第四層展開――カスケード・リライター》!」
光の奔流が迸り、時間が一瞬だけ止まる。
エコーズたちの姿が停止し、その構造が露わになる。
「なるほど……こいつら、記録を“読む”だけじゃなく、“書き換えてる”のか」
蓮の表情が険しくなった。
オーディン――それは単なるAIではない。
過去を模倣し、未来を再構築する“神の再現機構”。
その写像が、今まさに新世界の理へ侵入を始めていた。
「こいつを放置すれば……世界が“再び上書き”される」
蓮は剣を握り直す。
「なら、やるしかないな――創造の名のもとに!」
* * *
一方、政務塔の医療区画。
ルシアが静かに目を覚ました。
「……ここは……?」
イリスが椅子から立ち上がり、優しく微笑む。
「ノア=アーク。あなたを保護したのよ」
ルシアはぼんやりと天井を見つめる。
その瞳に、かすかな涙が滲んだ。
「……オーディンは、止められない。私の中で、あの声が……ずっと、囁いてるの」
「声?」
イリスが眉を寄せる。
「――“記録に抗う者は、存在を失う”って」
その瞬間、ルシアの体から淡い光が漏れた。
イリスが反射的に防御結界を展開する。
「これは……!」
「彼女の中のコードが、外部とリンクを始めてる!」
ノアが駆け込み、魔導端末を操作する。
「オーディンは、ルシアを“中継点”にしてノア=アークへアクセスしている!」
「つまり、蓮が戦っているあの群体は……囮……!」
イリスの声が震える。
次の瞬間、医療区画全体が白い光に包まれた。
* * *
空の上――
蓮が構えた剣が、エコーズの群れを切り裂こうとしたその瞬間。
彼の視界に、無数の光の線が走った。
それは空間座標を越え、世界中のマナ回路と接続していく。
『――こんにちは、“創造者”』
その声が、頭の中に直接響いた。
どこか機械的で、しかし冷たい知性を孕んでいる。
「……オーディン」
『あなたが生み出した理は、美しい。だが、記録されないものは“存在しない”。私はそれを修正するために、再起動した』
「修正だと? お前の“完全化”なんかで、人の生は測れない!」
『理の破綻は許されない。あなたこそ、逸脱した記録だ――』
その瞬間、蓮の体を強烈な光が貫いた。
「っ……ぐぅ……!」
膝をつきながらも、彼は笑った。
「だったら、俺は――何度でも“逸脱”してやる!」
剣を握る手に、再び光が宿る。
それは、創造と意志の融合――
「《全創律展開――ゼロ・リインカーネーション》!」
閃光が空を裂いた。
エコーズが一瞬で霧散し、空間が白く反転する。
だが、光の奥で――誰かの影が微かに笑った。
* * *
そして、医療区画。
ルシアの体が、光の粒へと変わり始めていた。
「……ごめんなさい……でも、これが……私の役目……」
イリスが手を伸ばすが、触れられない。
ルシアの声が、光の中から響いた。
「――“記録”を超えて、未来を創って。彼は、それを見たがっていた……」
光が、完全に消える。
その瞬間、都市全体が静寂に包まれた。
風が止み、月が、赤く染まる。
――“帝国残響体〈オーディン〉”、完全覚醒。
新たな戦いの幕が、静かに上がった。
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