第六話 黒牙の影
黎明の村に新たな旗が掲げられてから、数日が経った。
人々は活気を取り戻し、耕作班は畑を整え、防衛班は訓練を重ね、支援班は子供や老人を守りながら村全体の秩序を整えていた。
――だが、その空気の奥底には、拭いきれない緊張があった。
黒牙の軍勢。
旅人たちが口にしたその名前は、人々の心に重くのしかかっている。
「黒牙がこの地を狙っているのは間違いない。……時間の問題だな」
広場に集まった仲間たちを前に、蓮はそう告げた。
「じゃあ、先手を打つ?」
リーナが剣を磨きながら言う。
「偵察を出して、敵の動きを探った方がいいかもしれない」
「偵察には私とノアが適任ね」
イリスが冷静に声を上げる。
「私は魔法で姿を隠せるし、ノアの装置で距離を取っても敵を探れる」
「いいな。敵の規模を掴まなきゃ作戦も立てられん」
カイエンが頷く。
「村を守る防衛線はどうする?」
ネフェリスが心配そうに問いかける。
蓮は無限アイテムボックスから設計図を広げた。
「柵を二重に張る。それに加えて、落とし穴と警報装置を設置する。武器と防具はすでに揃えてある」
その言葉に、仲間たちの表情は引き締まった。
村を守る戦いは、もう避けられない。
◆ ◆ ◆
午後、イリスとノアは偵察に出発した。
他の仲間と村人たちは、防衛準備に取りかかる。
「ここに杭を打て!」
「丸太をもっと積んでくれ!」
カイエンの大声が響き、若者たちが必死に動く。
リーナは剣術の基本を教え、子供たちには石を投げる訓練を与えた。
ネフェリスは疲労した人々を癒し、士気を高める。
蓮は全体を見渡しながら、心の中で静かに誓っていた。
――この村を、必ず守る。
◆ ◆ ◆
夜。
イリスとノアが戻ってきた。
「蓮、報告するわ」
イリスの表情は険しい。
「黒牙の軍勢は百を超えていた。しかも、統率が取れている。野盗じゃない、軍隊よ」
ノアが補足する。
「彼らは旗を掲げていました。“黒牙帝国”と名乗っているようです。周囲の村々を次々と支配下に置いている」
広場に沈黙が落ちた。
百を超える軍勢。
黎明の村の人口はまだ五十に満たない。
「数では圧倒的に不利だな」
カイエンが低く唸る。
「でも、だからって逃げるわけにはいかない」
リーナが剣の柄を握りしめる。
「ここで退けば、また人々は絶望に沈む」
蓮は頷いた。
「そうだ。俺たちが掲げた旗は、ただの布じゃない。ここに生きる人々の希望だ。だから――絶対に折れさせない」
◆ ◆ ◆
翌日。
蓮は村人たちを再び広場に集めた。
「皆、聞いてくれ。黒牙の軍勢が近づいている。数は百を超える。だが、俺たちは逃げない」
ざわめきが広がる。
だが蓮は続けた。
「俺たちは弱くない。昨日まで絶望していた皆が、今はここに立っている。畑を耕し、柵を築き、未来を信じて動いている。これこそが力だ」
その言葉に、村人たちの瞳が揺れる。
蓮はさらに声を強めた。
「俺たちは守るだけじゃない。ここを核に、周りの人々を結ぶ国を作る。だから、絶対に負けられない。ここが、すべての始まりだ!」
「「おおおっ!」」
歓声が上がり、人々の士気は一気に高まった。
その様子を見ながら、リーナが小声で言った。
「蓮、あんた……やっぱり人を導くのが得意だね」
「そんなつもりはないんだけどな」
蓮は苦笑する。
だが、その瞳には決意の炎が確かに宿っていた。
◆ ◆ ◆
その夜、村の外れ。
黒牙の軍勢がじわじわと迫ってくる影が見えた。
たいまつの列が闇を切り裂き、不気味な笑い声が風に乗って響いてくる。
「いよいよか……」
蓮は剣を握り、深く息を吐いた。
「守り抜こう、この村を」
仲間たちが背を並べる。
リーナ、イリス、カイエン、ネフェリス、ノア――そして希望を取り戻した村人たち。
迫り来る黒牙の影に、黎明の村は立ち向かう。
神無き世界に掲げられた旗の下で、最初の大きな戦いが幕を開けようとしていた。




