第六十八話 ノア=アーク建国記〈ファースト・エディフィス〉
――創世の暁から七日。
世界は安定を取り戻しつつあった。
再構築された大地には生命の気配が戻り、湖面には光が反射し、
風が草原を渡るたびに、まるで大地そのものが息をしているようだった。
蓮は、浮遊大陸の中心に立っていた。
眼下には、建設の進む都市が見える。
中央には白亜の塔――“理制御塔〈セレスティア・スパイン〉”。
そこを中心に、放射状に広がる街路と、青白い魔力のラインが美しく描かれていた。
「ここまでの基礎構造、予定より早いな」
蓮が感心したように呟くと、
隣で図面を確認していたミストが眼鏡を押し上げる。
「エネルギー循環が安定している証拠よ。大地のマナ濃度も均衡値を保っている。……けれど、問題は“人口”。」
蓮は小さく頷く。
「今の段階で、移住希望者はどのくらいだ?」
「前世界のアルカ・ノヴァから転移してきた民が約六千、この新大陸に元々存在していた原住集落が三千ほど。ただ、彼らはまだ私たちを“外の存在”として見ている」
「無理もない。この世界じゃ、俺たちは“神を失墜させた者たち”だからな」
苦笑まじりに言う蓮に、
イリスが背後から穏やかな声で告げる。
「けれど、あなたの行動は“創造主の代行者”でもある。彼らが恐れるのは“力”であって、“意志”ではないわ」
その言葉に、蓮は目を細めた。
「意志、か……。それをどう形にするかが、今の課題だな」
* * *
同時刻――都市の西側。
そこではリーナ率いる建設部隊が、
居住区の整備と、街の防壁の設計を進めていた。
「基礎魔法陣、もう少し南寄り! 風の流れを読んで!」
リーナが指示を飛ばす。
かつての戦士でありながら、今や“建国の守り手”となった彼女の姿は、
民にとっても憧れであり象徴だった。
「これで外縁部の結界は三重層構造になる。これなら小規模な空間歪曲にも耐えられるはずだ」
シャムが現れ、図面を覗き込みながら言う。
彼の瞳には、柔らかな光が宿っていた。
「……本当に、変わったよな。俺たち」
リーナが笑みを浮かべる。
「戦うために集まった仲間が、今は“造る側”になってるなんて」
「変化は怖いが、美しいものでもある。
あの蓮が、民の相談を受けて税制を考えてる姿を見たときは笑ったけどな」
二人は顔を見合わせて笑った。その笑顔の裏には、過ぎ去った戦いと、得た絆の重さが刻まれていた。
* * *
その夜、蓮は政務室で一人、記録端末を操作していた。
スクリーンには人口推移、資源分布、生活圏のマナバランスなどが映し出されている。
「“理想国家”なんて、作ろうとすればするほど歪む……」
蓮が小さく呟いた。
「あなたはまだ、“神の視点”を捨てきれていないのね」
背後から、イリスの声。
白銀の髪が光を受け、柔らかに揺れる。
「リスクを見極めることは必要。でも、それだけでは“生きる”とは言えない。世界は、予定調和では動かないのよ」
「……わかってるさ。でも、失いたくないんだ。せっかく救った命を」
その言葉に、イリスは微笑み、蓮の肩にそっと手を置く。
「なら、信じなさい。“あなたの創った世界”を。……そして、“ここに生きる人々”を」
その瞬間――
室内の空間が一瞬歪んだ。
「っ!? 空間干渉波……どこからだ!?」
蓮が振り向く。
次の瞬間、空間が裂け、青白い閃光が走る。
転移陣の中央に、何かが“落ちてきた”。
「転移者……? いや、これは――!」
床に倒れていたのは、一人の少女。
外套は焦げ、呼吸は荒い。
だが、その手に握られていたものが、蓮の視線を釘付けにした。
「その紋章……“帝国”の、か?」
イリスが駆け寄り、解析魔法を展開する。
「信号確認――座標は……旧世界域? そんな……あの領域は崩壊したはず!」
少女がゆっくりと目を開けた。
金の瞳が揺れ、微かに声を漏らす。
「お願い……“世界が……また、壊れる”……」
その言葉と同時に、彼女の手の中の紋章が脈動した。
青い光が弾け、部屋中に無数の記号が浮かび上がる。
それは――失われたはずの旧帝国データ群。
「再起動信号だ……!?」
ミストが駆け込み、解析を始める。
「これは……ありえない。帝国の中枢AI“オーディン”の……残骸コード!」
蓮の目が鋭く光った。
「つまり――旧世界はまだ、完全には終わっていない……!」
部屋の光が爆ぜる。
そして、空の彼方で何かが“目覚める”ような、低い振動が大地を揺らした。
* * *
――新世界の安寧は、まだ始まったばかりだった。
ノア=アーク建国の朝。
その背後では、滅んだはずの帝国の“残響”が再び動き出していた。
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