第六十五話 忘却神の座〈ネメシア・スローン〉
――光が、消えた。
世界は無音だった。
風も、時間も、色すら存在しない。
あるのは“終わった後”の静寂だけ。
蓮は、何もない空間に立っていた。
足元も、天もない。
まるで、現実そのものが削り取られたようだった。
「……ここが、“忘却層の中心”か」
声を出しても、音が返ってこない。
だが、確かに仲間たちの気配は感じる。
リーナ、イリス、ネフェリス、シャム、ミスト……
全員が同じ“無”の中に存在していた。
――だが、カムイだけは違う。
遠く、黒い光の柱が立ち上っている。
その中心に、彼の姿があった。
彼はゆっくりとこちらを見た。
その瞳には、もう迷いがなかった。
「ようやく来たな、蓮」
その声は穏やかで、どこか懐かしい。
だが同時に、圧倒的な力が混じっていた。
人間の域を超えた――神性の気配。
「カムイ……お前、もう……」
「そうだ。俺は“忘却の代弁者”となった。この場所の全てを統べる存在――“ネメシア”。」
黒い光が彼の背に広がる。
まるで翼のように、夜そのものを象った二枚の影。
イリスが震える声で言った。
「ネメシア……神代において“創造神たちの失敗”として封印された名……!まさか、それがカムイと融合したなんて……!」
ネフェリスが祈るように呟く。
「“忘却神”――この世界が誕生する前に排除された、因果の廃棄体……」
蓮は一歩、前に出た。
「……カムイ、やめろ。お前はそんな存在じゃない。“誰かを救う”ために、ずっと戦ってきたはずだ」
カムイは静かに首を振る。
「違うんだ、蓮。俺は“救えなかった”。お前たちが創った新しい世界で、俺は居場所を見つけられなかった。
だから――“忘れられた側”に、手を伸ばした」
「それが“神になる”ことだっていうのか!?」
「神じゃない。“均衡”だ。お前たちが創る側なら、俺は“消えたものたち”を守る側になる」
その瞬間、空間が震えた。
黒い環が広がり、蓮たちの周囲に無数の幻影が現れる。
――失われた世界の断片。
戦乱の末に滅んだ国、存在を忘れられた民、召喚に失敗して消えた命。
彼らが、形を持たないまま漂っていた。
『私たちは、確かに存在した……』
『だが、誰も覚えていない……』
リーナが涙を流す。
「……こんなの、酷すぎる……」
カムイの表情がわずかに曇る。
「俺は、彼らを“忘れさせない”ためにここにいる。たとえ、この世界そのものが崩壊しても――それが、彼らの証明になるなら」
「違う!」
蓮が叫んだ。
「お前の選んだ道は、ただの“消滅”だ!“思い出すために、世界を壊す”なんて……それは救いじゃない!」
その瞬間、黒い光が激しく脈打った。
カムイの身体が半分ほど、影に飲まれる。
『彼ノ意志ハ既ニ我ラト一ツ。忘却神ノ座ハ、彼ヲ介シテ顕現スル』
声が響く。
天に巨大な玉座が出現した。
それは金属でも石でもない――“概念”そのもの。
座が形成されるたびに、現実の構造が崩壊していく。
ミストが叫ぶ。
「世界律が反転してる! このままだと、“上層世界”まで崩壊する!」
蓮は一歩踏み出した。
「だったら、止めるしかない――!」
星命の核〈スターノード〉を掲げる。
光が奔り、黒の世界を照らす。
カムイが目を見開いた。
「……それは……!」
「神々が残した“創造の残響”だ!お前が“忘却の理”を選ぶなら――俺は、“再生の理”で挑む!」
二人の力が激突した。
光と闇が交錯し、次元そのものが裂ける。
雷鳴のような衝撃。
イリスたちは防御結界を展開しながら、必死に立っていた。
リーナが叫ぶ。
「蓮っ、無理しないで! あの力は神域級よ!」
「わかってる! でも――止めなきゃいけない!」
黒と白が交錯する。
世界は、創造と忘却の二つの理に引き裂かれていく。
そして――
刹那。
蓮の脳裏に、微かな声が届いた。
それは、確かにカムイ自身のものだった。
『蓮……頼む。俺を、止めてくれ……』
次の瞬間、蓮はその願いに応えるように、全力で光を放った。
閃光が闇を貫く。
世界が白に包まれ、全ての音が消える。
やがて――
光が収まった時、蓮はひとり、玉座の前に立っていた。
そこにカムイの姿はなく、ただ黒い羽が一枚、静かに舞い落ちた。
「カムイ……」
その羽が、光に溶けるように消えていった。
リーナたちが駆け寄ってくる。
「蓮! 大丈夫!?」
「……ああ」
蓮はゆっくりと頷いた。
「終わったよ。けど……まだ、彼は消えてない。“忘却神の座”は、完全には崩壊していない」
イリスが顔を上げる。
「ということは……」
「そうだ。次は、“神座そのもの”を再構築する。忘却も、創造も――共に生きる世界を、俺たちの手で創り直す」
蓮の瞳に、再び光が戻っていた。
世界は崩壊の淵にありながらも、
その中心で確かに“希望の芽”が芽吹こうとしていた。
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