第六十二話 反創造者〈アナイアレイターズ〉の影
夜明け前のアーク・ネクサス。
街の灯がまだ淡く揺らめく頃、丘の上に建つ仮設司令塔で、蓮は地図を広げていた。
ノアの端末が青い光を投影し、立体地図上に赤い点がいくつも浮かんでいる。
それらはすべて、北方の荒野地帯――《グリム・ヴェイル》方面に集中していた。
「敵性反応、依然として継続中。推定距離、およそ二十五リーグ。速度は人間規格外、構造体反応を確認」
ノアの声は冷静だったが、眉間にはわずかな緊張が見えた。
「つまり……生物じゃない?」
リーナが問う。
「正確には、“元・生物”。人工的に再構築された存在――“模倣生命体〈フェイク・リアクター〉”です」
イリスが険しい顔になる。
「旧神代の遺産……まさか、“拒絶者たち”がそれを使っているの?」
蓮は頷いた。
「おそらくな。神なき世界の再構成が始まった今、彼らは“創造された秩序そのもの”を敵とみなしている」
ミストが低く唸った。
「つまり、わたしたちがこの新世界の“根”を作ることが、彼らにとっては“再び支配される”ことになる……」
「自由を求めた末に、全てを否定するか」
シャムが槍の柄を握りしめる。
「なんとも皮肉だな」
そのとき、扉がノックされ、カイエンが駆け込んできた。
「報告だ! 北門周辺に偵察隊を出したが……通信が途絶えた」
空気が張り詰めた。
「……行こう」
蓮の言葉に全員が頷く。
武装を整え、転移装置を起動。
瞬間、視界が歪み、彼らの身体は北方の境界線へと転送された。
◆ ◆ ◆
《グリム・ヴェイル》――かつて帝国の研究区画が存在した荒野。
黒い砂が風に舞い、空には光の届かない灰色の雲が垂れ込めていた。
「……気味が悪いね」
マリルが小声で呟く。
「生き物の気配がないのに、何かに“見られてる”感じがする」
「いや、いるぞ」
シャムが槍を構える。
砂嵐の中に、ゆらりと影が立ち上がった。
人の形をしている。だがその肌は銀色の金属で覆われ、瞳の奥に光が瞬く。
「反創造者〈アナイアレイターズ〉の下僕、“フェイク・リアクター”……!」
ミストが構えながら分析を開始する。
「自己修復機能持ち。魔力ではなく、因果エネルギーを燃料にしてる……!」
「つまり、“存在そのもの”を喰うってことか!」
リーナが剣を抜く。
金属の人影たちは音もなく動き出した。
その動きは速く、まるで時間を飛び越えるように、いきなり目の前に現れる。
「来るぞッ!」
蓮が腕を掲げ、無限アイテムボックスを展開。
無数の魔具が光を放ち、盾、槍、砲塔が空間に出現する。
「――防衛展開、《エターナル・アーク》!」
光の防壁が形成され、フェイク・リアクターの一撃を弾いた。
その衝撃は凄まじく、大地が波打ち、砂嵐が吹き飛ぶ。
ネフェリスが歌声を放つ。
その旋律は空気を震わせ、金属の敵の動きを鈍らせた。
「リズムを崩して! 今よ、シャム!」
シャムの槍が閃光を放ち、敵の胸を貫く。
金属の躯体が火花を散らして崩れ落ちた――だが、すぐに別の個体がその残骸を吸収して再構成を始める。
「再生まで早すぎる……! こいつら、本当に倒せるのか!?」
カイエンが歯を食いしばる。
ミストが短く答える。
「“核”を見つけなきゃ無理。……けど、それを守ってる本体が、まだ現れてない」
そのとき、空が裂けた。
光の中から現れたのは、一人の人影。
黒い外套を纏い、片手に杖を持つ長身の男――その瞳は、かつて蓮がよく知る色をしていた。
「……嘘だろ」
リーナが息を呑む。
「まさか、あれって……!」
蓮の目が大きく見開かれた。
「――カムイ……?」
彼はゆっくりと笑った。
「久しぶりだな、蓮。いや、“創造王”と呼んだ方がいいか?」
その声には、かつて共に戦った友の響きが確かにあった。
だが今、その瞳には深い虚無が宿っていた。
「どうして……お前が“反創造者”に?」
カムイは無表情のまま言った。
「創造は支配だ。秩序は束縛だ。……俺はもう、誰にも従わない。世界すら拒む」
「そんなの、自由じゃない!」
マリルが叫ぶ。
「それは、ただの孤独だよ!」
だが、カムイの表情は動かない。
「孤独こそが純粋な存在だ。俺は、無の中で生きる」
次の瞬間、カムイの背後から巨大な金属の翼が広がった。
因果の光が収束し、空が震える。
「来るぞ、全員防御陣形!」
蓮が叫び、アイテムボックスを再展開。
――次元を裂く閃光が放たれた。
その一撃は、大地を、空を、存在そのものを焼き切るほどの破壊力。
防壁が砕け、仲間たちは吹き飛ばされる。
それでも、蓮は立ち上がった。
「……カムイ。俺はお前を、見捨てない」
「哀れだな。まだ“救い”なんて信じてるのか」
「救いじゃない。“共に歩む”って決めたんだ」
二人の視線が交わる。
その中心で、戦いの幕が上がる。




