第六十話 空白の星命〈ルア〉の選択
――光と闇が交わる、静謐な空間。
そこに存在するのは、ただひとつの玉座――《創造の座〈クリエイション・スローン〉》。
その前で、少年ルアはゆっくりと目を閉じていた。
彼の周囲には無数の光粒が漂い、ひとつひとつが、過去に生きた命たちの記憶だった。
「……僕の中で、みんなが語りかけてくる」
ルアの声は震えていた。
「この世界をどうするのか、どんな形で続けるのか……。でも、どの声も“正解”じゃない。みんな、それぞれの正義で、願いで、命を懸けてきた」
その言葉に、蓮は一歩、前へ進む。
「だからこそ、選ぶんだ」
蓮の声は静かで、しかし芯のある響きを持っていた。
「正解なんてない。でも、選ばなきゃ何も始まらない。――お前がここで立ち止まるなら、世界は再び止まる」
イリスが続けるように言葉を紡ぐ。
「ルア、あなたは“空白”なんかじゃない。神々の残した因果を受け継ぎ、なお自分で考え、迷っている。だからこそ、あなたには“意思”があるの」
ルアはうつむき、拳を握る。
「僕が……意思を?」
「そうだ」
リーナが前に出た。
「意思を持つ者が世界を導くんだ。神の力でも、宿命でもない。生きる者としての意志だよ」
マリルが笑って手を挙げた。
「そうそう! 難しいこと考えるより、みんなで笑って生きたいって思えるほうが、きっと世界に優しいんだよ!」
ネフェリスが続ける。
「ルア君、あなたの歌はまだ途中。だからこそ、この世界の旋律に最後の音を加えてほしいの」
それぞれの声が重なり、空間が淡く輝き始めた。
だが、その瞬間――玉座の奥に、異形の影が現れた。
黒い霧が蠢き、金属のような質感を持つ無数の手が空間から伸び出す。
「っ、何だこれは!?」
シャムが槍を構える。
イリスが目を細めた。
「……“虚神の残滓”。《アバーソン》が滅びた後に残った“否定の欠片”ね」
「まだ残ってやがったのか……」
カイエンが苦笑する。
「否。我ハ“選定ノ監視者”。汝ラノ選択、観測スル者ナリ」
声が響く。
その存在は、まるで意思の審判者のように玉座を覆い尽くした。
「創造ノ座ニ座ル者ハ、一ツノ世界ヲ“消去”シ、一ツヲ“選定”ス。――選ブカ、拒ムカ。イヅレニセヨ、結果ハ記録サレル」
蓮たちの背筋に冷たい汗が流れる。
選べ、というのか。
だが、その選択は同時に無数の命の「否定」を意味する。
「くそっ、そんな理屈、受け入れられるか!」
シャムが前に出て槍を突き立てた。
光の刃が霧を裂く。
だが、虚なる腕は再び形を成し、彼の攻撃を飲み込んでいく。
「シャムッ!」
リーナが叫び、剣を構える。
しかし蓮がそれを止めた。
「……違う。これは戦って倒せる敵じゃない」
「じゃあどうするの!?」
「“選ぶ”んだ。どんなに理不尽でも、意思を示すことが存在の証明なんだ」
蓮は玉座の正面に立ち、無限アイテムボックスを開いた。
そこから取り出したのは――星詠の神殿で得た“星命共鳴装置〈アカシック・リゾナンス〉”。
「これを使う」
ミストが息を呑む。
「まさか、全記録を同調させる気!? そんなことをしたら、あなたの意識が――!」
「構わない。世界を選ぶのは俺たち全員の意思だ」
蓮が装置を起動すると、空間に光が奔った。
星々の記憶が広がり、仲間たちの思念が蓮の心へ流れ込む。
リーナの信念。
イリスの祈り。
シャムの覚悟。
マリルの優しさ。
ネフェリスの歌声。
そして、ルアの迷い。
すべてが融合して――一つの答えに至る。
「……俺たちは、選ばない」
蓮の声が響く。
「この世界を“消す”ことも、“選ぶ”ことも拒否する。俺たちは、世界を“創る”!」
装置が輝きを増し、虚の影が悲鳴のような波動を放つ。
「選定拒否……矛盾ヲ起コス……存在ガ崩壊スルゾ!」
「構わない! “矛盾”こそが人間だろう!」
その瞬間、光が爆ぜた。
霧が裂け、玉座の周囲に新たな世界の断片が芽吹く。
草原、海、街、笑い声――すべての情景が一瞬にして拡がっていった。
蓮の身体が淡く光り、ルアのもとへと歩み寄る。
「ルア……これが、お前の選択でもある」
ルアはゆっくりと頷いた。
「うん。僕はもう、空白じゃない。君たちと共に、“始まり”を選ぶ」
彼が玉座に手を触れると、光は穏やかに収束していった。
――世界は、再び息を吹き返した。
◆ ◆ ◆
光が消えたとき、彼らは草原の丘に立っていた。
青空が広がり、風が心地よく頬を撫でる。
「ここは……新しい世界?」
リーナが目を細める。
イリスが微笑む。
「ええ。創造の座は壊れたけれど、その断片がこの世界を再生した。――これが、あなたたちが創った“現実”よ」
ルアは空を見上げる。
「ありがとう。……僕は、もう迷わない」
蓮は軽く笑った。
「迷ってもいいさ。俺たちの国は、迷いながら前へ進む国だ」
仲間たちの笑い声が風に溶けていく。
そのとき、蓮の無限アイテムボックスが小さく光った。
中から一枚の古い巻物が浮かび上がる。
そこには、新しい大陸の地図が描かれていた。
「これが……俺たちの次の舞台か」
蓮は微笑む。
“建国”は終わらない。
それは、永遠に続く創世の物語。
そして――世界の果てで、まだ見ぬ“新たな神々”が、静かにその名を呟いていた。
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