第五話 最初の礎石
黎明の村――そう名付けられたこの地は、わずか数日前まで荒れ果てた絶望の村だった。
しかし、盗賊団〈血斧〉を撃退し、焚き火の誓いを交わしたことで、人々の瞳に再び光が戻った。
蓮は村の広場に立ち、村人たちと仲間たちを集めていた。
朝日が灰色の雲を貫き、わずかな光を地に落とす。
その光はまるで、新しい始まりを告げるかのようだった。
「さて……これからが本番だ」
蓮の言葉に、皆の視線が集まる。
「国を作るには、まず土台が必要だ。秩序を保つ仕組み、役割分担、そして人々を守る組織。今日から、それを始める」
◆ ◆ ◆
まず、蓮は三つの班を作った。
一つは《耕作班》。
新たに見つけた水脈と改良した土壌を利用して、食料生産を安定させる班だ。
リーダーには農作業経験のある壮年の男が選ばれた。
二つ目は《防衛班》。
盗賊や外敵から村を守るための組織である。
戦いに参加した若者たちが中心となり、カイエンやリーナが訓練を引き受ける。
三つ目は《支援班》。
医療、物資の分配、子供や老人の世話を担う班。
ここには女性や年配者が多く集まり、ネフェリスやノアが中心となった。
「これで最低限の基盤が整う。大事なのは、“皆で生きる”という意識を持つことだ」
蓮の言葉に、村人たちは力強く頷いた。
◆ ◆ ◆
昼下がり。
耕作班が畑を整え、防衛班が木材を運んで柵を築き、支援班が食事を分配する。
村には、これまでなかった活気と秩序が生まれ始めていた。
リーナはその光景を眺めながら微笑む。
「……すごい。数日前まで死んだようだった村が、まるで別の場所みたい」
イリスも静かに頷いた。
「人は希望を与えられると、こんなにも変わるのね。蓮、これは間違いなく“国の始まり”だわ」
蓮は深く息をつき、心の奥に力強い確信を抱いた。
――そうだ。これこそが、自分がやるべきこと。
◆ ◆ ◆
だが、その平穏は長くは続かなかった。
見張りに立っていた若者が、慌てた様子で駆け込んでくる。
「れ、蓮さん! 外から人が!」
「人?」
蓮は眉をひそめ、仲間と共に村の入口へ向かった。
そこにいたのは、傷だらけの旅装をまとった数人の男女だった。
疲れ切った表情、荒れ果てた服、そして背に負った荷物。
彼らは息も絶え絶えに地に膝をつく。
「た、助けてください……追われて……」
蓮が駆け寄り、水を差し出す。
「落ち着け。誰に追われている?」
その問いに、男は怯えた目を見開いた。
「“黒牙の軍勢”です……奴らが村々を焼き払い、逃げた我々を狩って……」
その名を聞いた瞬間、空気が凍りついた。
イリスが険しい顔で呟く。
「黒牙……この世界で最も悪名高い武装集団。神なき世界で“新たな帝国”を名乗り、力で人を支配する勢力よ」
「奴らは……南の方角に拠点を築いています。次は、この辺りが狙われるはず……」
蓮は拳を握りしめた。
――またか。どの世界も、弱きを虐げる者は現れる。
だが、だからこそ。
「大丈夫だ。ここはもう、奪わせない」
蓮の声は静かだったが、確かな決意が宿っていた。
◆ ◆ ◆
その夜、焚き火を囲んで会議が開かれた。
「黒牙の軍勢が近くにいるのなら、準備が必要だ」
リーナが強い口調で言う。
「防衛班の強化が急務ね」
イリスが冷静に頷く。
「それと、村だけを守るのでは足りない。周辺の村々とも連携しなければ」
「……つまり、この村が中心になるということか」
カイエンが腕を組み、にやりと笑った。
「いいじゃねえか。最初から“大国”を作るなんて無理だ。だが、周囲を守る小さな連合から始めるなら現実的だ」
ネフェリスが祈るように手を組む。
「人々を守るための秩序……まさに神のいない世界に必要なものね」
蓮は皆の言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。
「わかった。黎明の村を拠点に、周囲の人々を結ぶ“守護の連合”を作ろう。それが、国への礎石になる」
その言葉に、仲間たちは声を揃えて答えた。
「賛成だ!」
◆ ◆ ◆
翌朝。
黎明の村の広場には、新たな旗が掲げられた。
それはまだ簡素な布切れに過ぎない。
だが中央には、希望の象徴として描かれた「白き星」が輝いていた。
「この旗の下で、俺たちは国を築く」
蓮の声が響く。
「神なき世界に、新しい未来を――!」
村人たちが歓声を上げ、仲間たちが剣を掲げた。
その瞬間、黎明の村はただの集落ではなく、確かに“始まりの国”となった。