第五十八話 星々の審判〈アストラル・ヴェルディクト〉
天上の裂け目を閉じたのは一時的な勝利に過ぎなかった。
だが、その瞬間に広がった虹色の光は、世界の深層に潜む新たな波動を呼び覚ましてしまった。
王都に帰還した蓮たちは、議場に集まり報告を受ける。
ノアが投影した天球図の上で、無数の赤い点が光を放っていた。
「……何だ、この数は?」
リーナが目を疑う。
「裂け目は一つじゃない。大気圏の外、宇宙の果てにまで同時に広がっている」
ノアの声は重い。
「観測できる範囲だけでも数十。だが問題は、裂け目の中心から送られてくる“審判波”だ」
「審判波?」
カイエンが眉をひそめる。
「要するに、世界そのものが“合格か不合格か”を判定しているような干渉信号。もし不合格なら――」
ミストが淡々と続けた。
「世界ごと、再編される」
仲間たちが息を呑む。
再編とは、今の国も、人々の営みも、一瞬で無に帰すことを意味していた。
「……それを止める方法は?」
蓮の問いに、ネフェリスが答える。
「“審判核”を見つけて、選択をやり直させるしかない。神代の記録によれば、それは“星々の座標”を示す祭壇に現れる」
ハラルドが立ち上がる。
「ならば俺たちは、その祭壇に赴き、秤を押し戻すだけだ」
「簡単に言うなっての」
マリルが肩をすくめた。
「でも……やるしかないんだよね」
蓮は頷いた。
「世界を作り直す権利なんて、均衡に委ねちゃいけない。未来は俺たちが掴むんだ」
◆ ◆ ◆
旅の目的地は――大陸中央にある古代遺跡。
そこは星々と地を繋ぐ中枢と呼ばれる場所だった。
道中、蓮は甲板で空を見上げながら考える。
イリスが隣に立ち、そっと声をかけた。
「考えすぎないで。あなたは正しい」
「でも、俺たちが“審判”に勝てる保証はない」
「保証なんて、誰も持っていないわ」
イリスは微笑んだ。
「でも……あなたは、どんな局面でも切り拓いてきた。私はそれを信じている」
蓮は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……信頼が重いな」
「その重さこそが、あなたの強さよ」
イリスはそっと蓮の手を握った。
胸の奥で何かが温かく灯り、蓮の迷いは少しずつ晴れていく。
◆ ◆ ◆
《アストラル・ネクサス》に到着すると、そこは既に審判波に蝕まれていた。
遺跡の空間が光と影に分裂し、半ば崩壊した祭壇が宙に浮かんでいる。
「……空間そのものが、試されてる」
リーナが剣を抜いた。
「来たぞ」
カイエンが指差す先に、光の人影が現れた。
それは無数の星のきらめきをまとった存在――神々の意思が集約したような巨影だった。
『世界ノ担イ手ヨ。汝ラノ選択ヲ示セ』
声が響いた瞬間、周囲の空が星々の海へと変貌する。
一行は天上の幻海に包まれ、巨大な“審判者”と対峙することになった。
「これが……星々の審判」
ミストが声を震わせる。
「いいじゃん。こっちの答えを叩き込んでやるだけだ!」
リーナが叫び、剣を構えた。
「俺たちの国を、未来を、奪わせはしない!」
蓮が前へ踏み出す。
◆ ◆ ◆
戦いは苛烈を極めた。
審判者は無数の星光を矢として降らせ、空間ごと断罪しようとする。
しかし蓮たちはそれぞれの力を重ね、対抗する。
ネフェリスの歌が星の調べを狂わせ、ハラルドの槍が光の矢を打ち砕く。
ノアとミストが干渉式の魔導機構で審判波を逆流させ、リーナとシャムが斬撃で空間の歪みを切り裂く。
マリルとカイエンは結界を繋ぎ、仲間を守りながら反撃の機を作った。
蓮は無限アイテムボックスに手を差し入れ、取り出した。
――神殿で託された《審判逆転の鍵》。
「これで……秤を俺たちの側に傾ける!」
鍵が光を放ち、審判者の胸部に突き刺さる。
轟音が響き、空間にひび割れが走った。
『汝ラノ選択……確カニ、届イタ』
審判者の声が消えていく。
だが最後に残した言葉が、仲間たちの心に重く刻まれた。
『然レド、試練ハ未ダ終ワラヌ。次ナル“創造ノ座”ニテ、真ノ答エヲ示セ』
光が収束し、遺跡は静寂を取り戻した。
だが蓮たちは理解していた。
これは、ほんの前段階に過ぎない。
未来を選び直す“最終の舞台”が、すぐそこまで迫っているのだ。




