第五十七話 天上の裂け目〈セレスティアル・リフト〉
フロスト・サンクチュアリでの戦いから数日。
均衡の秤は一時的に安定を取り戻したが、その代償として「次なる異変」の座標が浮かび上がっていた。
王都に戻った蓮たちは、評議会の間で光の投影を見つめていた。
空に浮かぶのは、北方からさらに上層――大気圏の彼方。
「……これは」
ノアが目を細める。
「観測上、明らかに“虚”の干渉が広がっている。しかも、発生地点は大気層を突き抜け、天上世界と接触しようとしている」
「天上世界?」
ネフェリスが首をかしげる。
「神代の記録にある、“天空の階層”。かつて神々が降臨した座標領域よ」
ミストが資料を投影する。
「そこは人間が立ち入ることのできない領域……本来ならね」
「でも、均衡の干渉がそこに現れたってことは……」
リーナが剣の柄を握りしめる。
「行くしかないってことだ」
蓮が静かに言った。
「俺たちの選択を、あの空にも刻むために」
◆ ◆ ◆
その夜。
蓮は城壁の上で星空を見上げていた。
隣に立つのはイリスだ。
「……大気圏の向こう、か。俺たち、本当にそこまで行けるのかな」
「大丈夫」
イリスは優しく微笑んだ。
「あなたには無限のアイテムボックスがある。神具も、遺物も、全部そこに眠っている。必要なものは揃ってるはずよ」
蓮は苦笑した。
「確かに便利だけど……倉庫番みたいだな」
「でも、その倉庫こそが、あなたの未来を繋ぐ力なのよ」
イリスはそう言って蓮の手を握った。
「私は信じてる。どんな場所でも、あなたが導いてくれるって」
蓮は小さく頷き、夜空に光る裂け目を見据えた。
◆ ◆ ◆
翌日、出発の準備が整えられた。
マリルとカイエンが新たに開発した飛翔艇が城門前に停泊している。
空を駆けるための巨大な翼を持ち、魔導機関が唸りを上げていた。
「こいつなら大気圏まで突破できる。だけど、帰ってこれる保証はないぜ?」
カイエンが苦笑混じりに言う。
「帰ってくるさ」
蓮はきっぱりと答えた。
「俺たちの国があるんだからな」
ハラルドが隣で笑う。
「良い覚悟だ。狼は群れを捨てて遠征はせぬ。だが、群れのために空すら駆けることはある」
「……狼まで空を飛ぶのか」
リーナが呆れたように笑い、ネフェリスが楽しそうに手を叩いた。
「うんうん! 空の旅、すっごく楽しみ!」
ノアとミストは最後の調整を終え、頷いた。
「機関は安定している。あとは君たちの意思次第だ」
◆ ◆ ◆
やがて《アストラル・キャリア》は蒼穹を突き抜け、天上へと上昇していく。
風圧が強まり、視界には裂け目の光が広がっていった。
その時、甲板に響いた声があった。
『来訪者よ。再び秤を揺らすか』
空間そのものが語りかけるような声。
仲間たちが息を呑む中、蓮は前へ進み出た。
「俺たちは揺らしに来たんじゃない。未来を選びに来たんだ!」
光の裂け目が大きく開き、無数の影が空から降り注ぐ。
虚の軍勢――だが今度は、かつての神々の姿を模していた。
「……これは」
イリスが目を見開く。
「“神々の幻影”。均衡は、神の権威すら利用して私たちを試すつもりなのよ」
蓮は剣を抜き、仲間たちに声を張り上げた。
「相手が誰だろうと関係ない! 俺たちの選択を――叩きつけろ!」
◆ ◆ ◆
蒼穹の戦いが始まった。
幻影の神々が光の矢を放ち、空間を裂く。
だがリーナとシャムが剣で受け流し、カイエンとマリルが結界で防ぐ。
ネフェリスの歌声が甲板を満たし、ノアとミストが未来干渉弾で幻影の動きを封じる。
そしてハラルドの槍が、幻影の巨神を貫いた。
「狼は神に怯まぬ!」
彼の叫びに仲間たちが続き、蒼穹の空は閃光で染まる。
蓮は無限アイテムボックスから取り出した――古代の星槍〈コズミック・ランス〉を握った。
かつて神殿で託された遺物。その真価を発揮する時が来た。
「これで道を開く――!」
槍が光を放ち、虚の裂け目に突き刺さる。
轟音と共に裂け目が揺れ、天上の空に虹色の光が広がった。
◆ ◆ ◆
戦いは終わり、裂け目はひとまず閉じられた。
甲板に座り込む仲間たち。
イリスが蓮の肩に寄りかかり、静かに言った。
「あなたは本当に……未来を開く人ね」
「いや、みんながいたからだよ」
蓮は空を見上げた。
「でも……均衡は、まだ俺たちを試してる。これは始まりに過ぎない」
遠い宇宙の彼方で、まだいくつもの裂け目が輝いているのが見えた。
「次は……もっと大きな戦いになる」
蓮の言葉に、仲間たちは誰も怯まず頷いた。
彼らの旅は――まだ続く。
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