第五十一話 均衡の真実〈バランス・オブ・トゥルース〉
王都上空を揺るがした衝撃は、まるで雷鳴のごとき轟音を響かせた。
黒衣の調整者と蓮の剣が交差するたび、空間そのものが軋み、夜空にはひび割れのような光が走った。
「ふ……人の身で、ここまで抗うか」
調整者の仮面が軋み、赤い光が瞬く。
「だが、それは誤差を長引かせるだけだ」
「違う! 誤差じゃない……これは、俺たちが選んだ未来だ!」
蓮は声を張り上げ、星命の証〈アストラル・シジル〉をさらに輝かせる。
光は仲間たちを包み込み、彼らの力を一つに束ねていった。
◆ ◆ ◆
リーナが雷剣を振るい、黒の槍を弾き飛ばす。
カイエンが大地を踏み鳴らし、衝撃波で敵の群れを吹き飛ばす。
ネフェリスは歌声を響かせ、市民たちの恐怖を和らげる。
イリスは詠唱を終え、空を覆う魔法陣を展開する。
「――《星霊交響曲〈セレスティアル・シンフォニー〉》!」
光の旋律が響き渡り、王都を包む黒霧を押し返した。
「ぬぅ……星霊との同調……!? なぜ人間ごときが……」
調整者が一瞬たじろぐ。
その隙を逃さず、蓮は踏み込み、剣を振り抜いた。
「お前たち調整者の理屈なんて関係ない! 俺は、この国を――仲間を守る!」
閃光が奔り、調整者の仮面に大きな亀裂が走る。
◆ ◆ ◆
衝撃で黒衣が弾け飛び、現れた素顔は――意外なものだった。
人間に酷似した青年の顔。
瞳は深紅に輝いていたが、その表情にはどこか苦悩が宿っていた。
「お前……人間……なのか?」
蓮の問いに、青年はかすかに笑った。
「否。俺はかつて“人”であり……そして均衡の器とされた者だ」
その声は、憎悪と諦念が混ざったように響く。
「均衡の器……?」
リーナが眉をひそめる。
「世界は常に揺らぐ。神々が消え、因果の流れが乱れる度に……均衡を保つ存在が造られる。それが“調整者”。俺は……その一人にすぎない」
青年は苦笑し、胸元を押さえた。
そこには、蓮の星命の証に似た結晶が埋め込まれていた。
「つまり……あんたも、運命に縛られた被害者ってことか」
蓮が低く呟く。
「被害者……か。そう言えるかもしれん」
青年は空を仰ぎ、冷たい声で続ける。
「だが役目は消えぬ。均衡を乱す誤差を消すことこそ、俺の存在理由だ」
瞳が赤く光り、再び力が高まる。
◆ ◆ ◆
「待て!」
蓮が一歩前に出る。
「お前は均衡を守るために造られたんだろ? なら……俺たちの国が本当に“破滅の因子”なのか、確かめてみろ!」
「確かめる……?」
青年は一瞬、動きを止める。
「そうだ。俺たちは世界を壊すつもりなんかない。むしろ……再生させるために、国を築いてるんだ」
蓮は真っ直ぐに言葉を投げかける。
「証拠は――この空、この民、この笑顔だ」
城壁の向こう、避難を終えた市民たちが声を上げていた。
「陛下!」
「蓮様、負けないで!」
子供たちの声が響く。
青年はその光景を見つめ、苦しげに目を細めた。
「……俺も、かつては……守りたいものがあった」
だが次の瞬間、青年の体を覆う黒い霧が強まり、表情が苦悶に歪む。
「ぐ……! 駄目だ……俺は、均衡に縛られた器……意思は……」
声が途切れ、青年の体が再び漆黒に覆われていく。
◆ ◆ ◆
「待ってろ……必ず助ける!」
蓮が駆け出そうとしたその時、イリスが鋭く叫んだ。
「蓮! 彼は均衡の中枢と繋がってる! 強制的に支配されてるのよ!」
「じゃあ切り離せばいいんだな!」
「理論上は可能……でも危険すぎる! 下手すれば、あなたの存在も因果から消される!」
蓮は振り返り、仲間たちを見渡した。
リーナも、カイエンも、ネフェリスも、無言で頷いている。
「……なら、やるしかない」
蓮の決意に、誰も異を唱えなかった。
◆ ◆ ◆
黒衣の青年――調整者は、最後の力を振り絞り、虚空から巨大な槍を顕現させた。
「誤差よ……消滅せよ!」
世界が震え、因果の糸が断ち切られるかのような重圧が襲う。
だがその刹那、蓮は剣を掲げ、叫んだ。
「――未来を壊させはしない! 《アストラル・リンク》!」
星命の証が爆発的な光を放ち、仲間たちの力を束ねる。
光は一本の刃となり、黒い槍を真っ二つに切り裂いた。
閃光の中で、青年の身体から黒い霧が剥がれ落ちる。
「これは……自由……なのか……」
仮面が砕け、素顔が露わになる。
「お前の名前は?」
蓮が問いかけると、青年は微笑んだ。
「……アーク。かつて……そう呼ばれていた」
そして彼は光に包まれ、空の彼方へと消えていった。
◆ ◆ ◆
戦いの後。
王都には静けさが戻っていた。
「蓮……」
リーナが隣に立ち、そっと手を重ねる。
「大丈夫だ。……でも、これでわかった。“均衡”ってやつは、俺たちの未来そのものを試してる」
蓮の言葉に、仲間たちは重く頷いた。
調整者――アーク。
彼は消えたが、その存在は確かに警告を残した。
均衡の真実とは――世界の命運を担う「人」の意思が、常に試され続けるということ。
そして蓮たちもまた、その試練の只中にいるのだ。
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