第四話 誓いの焚き火
盗賊団〈血斧〉との戦いが終わり、村にはようやく静寂が訪れた。
広場の中央には大きな焚き火が燃え盛り、その炎が夜空を照らしている。
焚き火を囲むのは、村人たちと蓮たち。
戦いに勝ったばかりの彼らの顔には、疲労と同時に確かな安堵の色が浮かんでいた。
「本当に……勝ったんだな」
村の長老がしわ深い顔を涙で濡らしながら呟いた。
「神がいなくなって以来、我らはただ奪われるばかりだった。だが、お前たちは守ってくれた……」
その言葉に、周囲の村人たちも次々と声をあげる。
「ありがとう!」
「俺たちも戦ったんだ、誇らしい気持ちだ!」
「もう逃げなくていいんだな……」
焚き火の明かりに照らされたその表情は、昨日までの虚ろさとはまるで別人のようだった。
◆ ◆ ◆
蓮は焚き火を見つめながら立ち上がり、村人たちを見渡した。
「――今日の戦いでわかっただろう。俺たちは、ただ奪われるだけの存在じゃない」
彼の言葉に、皆が息を呑む。
蓮は一呼吸置いて続けた。
「俺たちには守る力がある。そして、未来を築く力もある。だから提案したい――この村を、国の始まりにしよう」
ざわめきが広がる。
村人たちの中には驚き、戸惑い、そして期待の入り混じった視線があった。
「国……?」
リーナが隣に立ち、補足するように言った。
「ええ。この村だけじゃない。この地に生きる人々が、恐怖や絶望に怯えることなく暮らせる場所を作る。誰もが帰れる“国”を」
「でも……」
一人の中年の男が声をあげた。
「神もいないのに、国なんて……」
その言葉に、イリスが毅然と応じた。
「神がいなくても、人は生きられる。神に頼るのではなく、人の意志で秩序を作る。それこそが、この世界に必要な“再生”なのよ」
静寂が落ちる。
炎がぱちりと音を立てる。
蓮は前に出て、手を広げた。
「俺は一方的に与えるつもりはない。国は誰かが独りで作るものじゃない。ここにいる皆で、共に作り上げるものだ。協力してくれるか?」
村人たちは互いに顔を見合わせた。
そして、一人の若者が立ち上がり、大きく頷いた。
「俺は協力する! 今日、俺たちは一緒に戦った! なら、これからも一緒に立ち向かえるはずだ!」
「俺もだ!」
「私も……!」
次々と声が上がり、やがてその声は村全体に広がっていった。
絶望に縛られていた人々の心に、再び火が灯ったのだ。
◆ ◆ ◆
その熱気の中で、リーナが小さく微笑んだ。
「やっぱり、蓮ってすごいね。人の心を動かすのが」
「そんな大げさなもんじゃないさ」
蓮は苦笑しつつも、胸の奥にこみ上げるものを隠せなかった。
――これこそが、自分の使命なのかもしれない。
ネフェリスが両手を合わせ、祈るように言った。
「では、この焚き火を“誓いの火”としましょう。ここに集うすべての者が、未来を共に築く誓いの証として」
「いい考えだ」
カイエンが頷き、大きな声で言った。
「俺は誓う! この村を守り抜く! いや、この国を!」
「私も!」
「俺もだ!」
次々と声が重なり、焚き火の炎はまるで応えるかのように高く燃え上がった。
◆ ◆ ◆
夜が更け、人々がそれぞれの家に戻っていく中、蓮はまだ焚き火の前に残っていた。
リーナが隣に座り、そっと問いかける。
「蓮、本当にやるのね。国を」
「ああ。神がいないこの世界だからこそ、人が人の手で希望を作らなきゃならない」
蓮は炎を見つめながら呟いた。
前の世界での建国は、逃亡の果てに掴んだ希望だった。
だが今度は違う。
これは、失われた世界そのものを再生するための挑戦だ。
「リーナ。俺はもう、逃げない」
その言葉に、リーナは少し照れくさそうに笑った。
「わかってる。だから、私もずっと一緒にいる」
二人の瞳に、炎の赤が映る。
新たな誓いが、確かに結ばれた瞬間だった。
◆ ◆ ◆
翌朝、村の広場には新しい看板が立てられていた。
そこには簡素な文字でこう記されている。
『黎明の村――未来の国の礎』
まだ小さな一歩に過ぎない。
だが、その一歩は確かに世界を変える始まりだった。
――神無き世界で始まる、新たなる創世譚。
その焚き火の誓いが、すべての基盤となることを、この時まだ誰も知らなかった。