第四十八話 因果の調整者〈コレクター・オブ・フェイト〉
中央都市〈レグナス〉の再生が始まり、ノヴァリア王国は徐々に形を成しつつあった。
市場には笑い声が戻り、街角では異種族の子どもたちが共に遊ぶ姿も見られる。
だが、その平穏の裏で、確実に新たな揺らぎが迫っていた。
◆ ◆ ◆
浮遊大陸から届いた報せを受け、蓮たちは執務室に集まっていた。
テーブルの上には、ミストが解析した観測データが浮かび上がる。
「……これが因果の揺らぎ?」
リーナが不安げに問いかける。
「はい。虚の門とは異質です。因果そのものに干渉する波動……まるで、記録を“修正”しようとしているかのような」
ミストが冷静に説明する。
「修正……?」
ルアが首を傾げる。
「つまり、“虚”が世界を壊そうとしたのに対し、これは“歪んだ未来を正そうとする存在”。――《因果の調整者》よ」
イリスが静かに告げた。
「それって……味方じゃないのか?」
カイエンが眉をひそめる。
「必ずしもそうじゃない。調整の基準は“人間の都合”じゃないから」
イリスの言葉に、場が重くなる。
蓮は腕を組み、深く息を吐いた。「……放っておけないな。場所はわかるのか?」
「はい。観測によれば、西の高原地帯“アステル高地”に出現しています」
ミストが答える。
「よし。すぐに向かおう」
◆ ◆ ◆
数日後。
一行はアステル高地へと到達した。
そこは一面の草原に風が吹き抜ける穏やかな土地だったが――中心部には巨大な歪みが存在していた。
空間がねじれ、光と影が複雑に絡み合い、そこに一人の人影が立っていた。
長い外套をまとい、顔は仮面に覆われている。
その周囲には無数の記録断片――本のページのような光片が舞っていた。
「……来たか」
その声は、性別すら判別できない不思議な響きを持っていた。
「お前が……因果の調整者?」
蓮が問いかける。
「その通り。我は《コレクター・オブ・フェイト》。世界に余計な因果が積み重なるとき、それを回収し、正しい流れへ戻す存在」
「“余計な因果”って……俺たちのことを指してるのか?」
リーナが警戒を強める。
「無論だ。お前たちは虚を打ち倒し、再生を選んだ。だが、それは本来の歴史には存在しない選択。――異物であり、誤差だ」
「誤差だと……?」
ルアが怒りをあらわにする。
「誤差は削除される。それが世界律に従う唯一の調整」
調整者が指を鳴らすと、周囲の空間が歪み、幻影の軍勢が現れた。
「俺たちが……余計な存在だっていうのか」
蓮は低く呟き、剣を抜いた。
「いいだろう。なら――俺たちの“未来”を示してやる!」
◆ ◆ ◆
戦いは苛烈だった。
幻影の軍勢は過去の敵や戦場を再現して現れた。
かつて蓮たちが倒した魔物や兵士、さらには虚神の影すら現れた。
「こいつら……全部俺たちの記録から作られてるのか!」
リーナが叫ぶ。
「過去を武器にしてくるなんて卑怯だろ!」
カイエンが苛立つが、ミストは冷静に分析する。
「幻影は強力だけど、核は調整者自身よ! 幻に惑わされず、突破すればいい!」
「突破口は俺が開く!」
ルアが星光を放ち、幻影を吹き飛ばす。
その隙に、蓮が前へ飛び込む。
「調整者――俺たちは誤差なんかじゃない!」
「否。お前たちは確率外だ」
「違う! 俺たちは自分の意思で未来を選んでる!」
剣と仮面の手が激突し、空間に激しい衝撃が走った。
◆ ◆ ◆
戦いは拮抗していたが、やがて仲間たちの連携が調整者を追い詰める。
ネフェリスの歌声が仲間を奮い立たせ、マリルとカイエンが結界を固める。
リーナの矢が仮面をかすめ、イリスが渾身の一撃を叩き込む。
そして――蓮の剣が調整者の胸に届いた。
「っ……!」
調整者は後退し、光片が一斉に舞い散った。
「認めよう。お前たちは……確かに“異物”だ。だが……その力が世界を導くかもしれない」
仮面の奥から、かすかな笑みのような気配が漂った。
「次に会うとき……それが証明されるだろう」
調整者の姿は、光と共に消えていった。
◆ ◆ ◆
戦いが終わり、静寂が戻る。
「行っちまったな……」
カイエンが剣を収めた。
「でも、完全に敵って感じじゃなかった」
リーナが小さく呟く。
「ええ。彼は、未来を試しているのかもしれない」
イリスが頷く。
蓮は剣を下ろし、星空を仰いだ。
「なら……俺たちが答えを見せるしかない」
風が高地を吹き抜け、夜空の星が強く輝いた。




