第四十一話 中央山脈の咆哮〈ドラゴニック・クライ〉
雪と風が唸りをあげる中央山脈。
その中心に浮かび上がった黒き門は、まるで世界を呑み込む巨獣の咢のようだった。
門の奥からは、絶えず脈動する虚神の気配が溢れ出し、大地を震わせている。
「……門そのものが呼吸してるみたいだ」
ルアが蒼ざめた顔で呟く。
「恐れるな。これはただの虚の力の残滓だ」
蓮が剣を抜き放ち、雪上に立つ。
「問題は、この門が“何を呼び出そうとしているか”だ」
その言葉と同時に、山脈全体が低く唸った。
地鳴りのような轟音が響き、雪崩を引き起こすほどの振動が走る。
「――来る!」
イリスが声を上げ、魔力を展開した。
◆ ◆ ◆
門から姿を現したのは、一頭の巨竜だった。
黒き鱗は虚の瘴気に覆われ、眼窩には炎が宿る。
山脈そのものと同化したかのような巨大な体躯――その咆哮は空を裂き、大気を揺さぶった。
「……虚竜〈ヴォイド・ドラゴン〉」
イリスが息を呑む。
「これは、かつて神々ですら封じるのに苦労した存在よ」
「なんて化け物だよ……!」
ルアが後ずさるが、蓮は一歩も引かない。
「化け物でも、俺たちの国を脅かすなら斬るまでだ!」
蓮は剣を構え、仲間に叫ぶ。
「全員、連携して挑むぞ!」
◆ ◆ ◆
虚竜は翼を広げると、山脈に黒き炎を吐き放った。
雪と氷が一瞬で蒸発し、轟音と共に大地が裂ける。
「こっちに来るわ!」
イリスが防御魔法を展開するが、竜の吐息は壁を軋ませた。
「任せろ!」
蓮が無限アイテムボックスに手を突っ込み、巨大な盾を引き抜く。
「《星鋼障壁盾〈アストラル・シールド〉》!」
盾が展開され、炎を弾き返す。
だが、その重圧に蓮の腕が痺れる。
「ぐっ……! こいつ、力が桁違いだ……!」
◆ ◆ ◆
「ルア!」
蓮が叫ぶ。
「お前の力を試す時だ!」
ルアの瞳が輝き、星命の紋が背に浮かび上がる。
「分かった! 俺にできることをやる!」
少年の身体から放たれた光が弧を描き、空へと舞い上がる。
それはまるで星そのものが降り注ぐような輝きだった。
「……星命共鳴だ」
イリスが驚愕する。
「彼は無意識に因果を操ってる!」
ルアの光が虚竜の体を縛り、一瞬だが動きを止める。
「今だ、蓮!」
「おう!」
蓮が跳躍し、竜の頭部へと剣を振り下ろした。
◆ ◆ ◆
だが、虚竜は容易に倒れない。
咆哮と共に振るった尾が蓮を弾き飛ばし、岩壁へと叩きつける。
「がはっ……!」
蓮が血を吐く。
「蓮!」
イリスが駆け寄ろうとするが、竜の爪が遮った。
「……大丈夫だ」
蓮は立ち上がり、血を拭う。
「俺はまだ戦える」
その瞳には、確固たる意志が宿っていた。
◆ ◆ ◆
「俺一人じゃ無理だ。だからこそ、みんなの力を借りる!」
蓮が剣を掲げる。
「星命共鳴装置、起動!」
小型リゾナンスが光を放ち、仲間たちの因果が繋がった。
イリスが魔力を重ね、ルアが星光を注ぎ、リーナが背後から加護を送る。
三人の力が一つとなり、蓮の剣を包んだ。
「これが……俺たちの“咆哮”だ!」
蓮が叫びと共に剣を振り下ろす。
剣閃が虚竜の鱗を裂き、山脈全体に響き渡る衝撃波を生み出した。
◆ ◆ ◆
虚竜が呻き、巨体をよろめかせる。
しかしまだ倒れない。
「しぶといな……!」
ルアが歯を食いしばる。
「しぶといなら、何度でも叩き斬るだけよ!」
リーナが叫び、魔力の矢を次々と放つ。
矢が虚竜の翼を貫き、動きを鈍らせる。
「トドメは――俺たち全員で!」
蓮が吠え、仲間たちと共に最後の一撃を放った。
剣光、魔法、星命の輝き。
三つの力が重なり、虚竜を直撃する。
轟音と共に、巨竜は断末魔の咆哮を上げて崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
静寂が訪れる。
黒き門は竜の消滅と共に縮小し、やがて光に呑まれて消えた。
「……やったのか?」
ルアが息を荒げながら辺りを見回す。
「ああ、一つは閉じた」
蓮が剣を収め、深く息を吐いた。
「でも、まだ四つ残ってる」
イリスが険しい表情で告げる。
「他の戦線は……どうなっているかしら」
蓮は遠くの空を見上げた。
そこに広がる光の揺らぎは、まだ戦いが続いていることを物語っていた。
「みんな……負けるなよ」
その祈りは、因果を通じて仲間たちへと届いていた。




