第三十九話 虚神胎動〈アバーソン・ジェネシス〉
虚骸竜〈ネガ・ドラゴン〉が崩れ落ち、黒霧が散っていく――
その瞬間、廃都エルセリアに一瞬の静寂が訪れた。
兵士たちは歓声を上げ、仲間同士で抱き合い、勝利を喜び合った。
だが蓮は剣を下ろさなかった。
――鼓動がまだ続いている。
黒き結晶の門〈ネガ・ゲート〉が脈動を強め、大地を震わせていた。
「……終わってないな」
蓮の言葉に、皆が表情を引き締める。
◆ ◆ ◆
門から迸る黒霧が、今度は逆流するように天へと昇っていった。
大気が裂け、空そのものが血のように赤黒く染まる。
「やばい……これは虚骸竜なんかとは次元が違う!」
ミストが魔導端末を操作しながら叫ぶ。
「因果の密度が、観測限界を超えてる……これは、“虚神”そのものを呼び込もうとしてる!」
「なにっ……!」
リーナが剣を構える。
「じゃあ竜は、本当にただの前座だったってこと……?」
イリスが頷く。
「ええ。虚神の力を宿すための器にすぎなかった。真の顕現はこれから……」
その時、門から光とも闇ともつかぬ胎動が溢れ出した。
鼓動は次第に人の心臓のようなリズムを刻み、戦場全体が震動に包まれる。
「……産まれようとしているのか」
ノアが冷静に言葉を紡ぐ。
「虚神の、本当の姿が……」
◆ ◆ ◆
やがて門の奥から“影”が姿を現した。
人の形をしているが、その輪郭は揺らぎ、内部には無数の星々が渦巻いている。
「これが……虚神胎動体〈アバーソン・ジェネシス〉……!」
ミストが震える声で告げた。
虚神の胎動体は、無数の声を同時に発した。
「ワレハ虚無。ワレハ否定。ワレハ神ヲ越エル存在――」
その声に触れた瞬間、兵士たちの心が砕かれていく。
数名がその場に崩れ落ち、虚ろな目をしたまま動かなくなった。
「くっ……存在を否定されてる……!」
ネフェリスが歌を放ち、仲間たちの心を繋ぎ止める。
「歌で……心を保って……!」
彼女の必死の声に、兵士たちが再び剣を握り直した。
◆ ◆ ◆
「ルア、大丈夫か!」
蓮が振り返ると、ルアは胸を押さえ、苦悶に顔を歪めていた。
「……あいつの声が、僕の中に直接……! 僕自身が揺さぶられて……」
虚神胎動体がルアを見下ろす。
「ソノ肉体ハ適合スル。虚神ノ器トシテ相応シイ」
「やめろ!」
蓮が叫び、剣を振るう。
だが一閃は胎動体に触れる前に霧散し、空気に吸い込まれていった。
「……攻撃が通じない!?」
カイエンが雷撃を叩き込もうとするが、それも虚無に呑まれて消える。
「虚無そのもの……概念を否定する存在には、通常の攻撃は通じない!」
ミストが声を張る。
「因果そのものをぶつけるしか……!」
「因果……?」
蓮が剣を握り直す。
◆ ◆ ◆
その時、無限アイテムボックスの中で光が弾けた。
取り出したのは〈星命共鳴装置アカシック・リゾナンス〉。
「……そうか。これなら!」
蓮の目に決意の光が宿る。
「全員の因果を束ねる! この装置に力を注げ!」
仲間たちが次々に頷く。
リーナが剣を、イリスが神力を、カイエンが雷を、ミストとノアが魔法を、ネフェリスが歌を――。
すべてがリゾナンスへと注ぎ込まれ、光が爆発的に広がる。
「ルア!」
蓮が叫ぶ。
「お前の意思もだ! 虚神に抗うお前自身の未来を!」
ルアが胸の奥から金色の光を解き放つ。
その光がリゾナンスと共鳴し、巨大な光の刃を形成した。
「これが……俺たちの未来だああああ!」
蓮が叫び、光の刃を振り下ろす。
虚神胎動体が悲鳴を上げ、存在を揺らがせる。
「人ノ子ガ……我ニ抗ウカ……」
戦場全体が光に包まれ、胎動体は押し戻されていった。
◆ ◆ ◆
やがて黒霧は霧散し、門〈ネガ・ゲート〉の鼓動も弱まった。
だが、胎動体は完全には消えていなかった。
空間に残響が響く。
「次ノ門ハ……既ニ別ノ地デ開イテイル……」
その声と共に、影は消え去った。
「……別の地?」
リーナが呟く。
ミストが険しい顔で端末を操作する。
「複数の“門”が同時に存在している……!? 一つ潰しても、別の場所でまた開く……」
「まるで世界そのものを食いつぶす気か」
ノアが小さく吐き捨てた。
蓮は剣を握り直し、仲間たちに向き直る。
「なら全部閉じるしかない。虚神が何度でも門を開こうと、俺たちが塞ぎ切る!」
その言葉に、仲間たちは力強く頷いた。
だが同時に、彼らは理解していた――。
これからの戦いは、これまで以上に過酷で長い戦いになるということを。




