第三話 最初の戦い
獣じみた咆哮が夜を裂いた。
十数人の盗賊たちが武器を振りかざし、暗がりから村に雪崩れ込んでくる。
「来るぞ!」
蓮の声が響いた瞬間、仲間たちはそれぞれの持ち場へ散った。
イリスが詠唱を開始すると、氷の結晶が空気中に瞬く。
「――《氷結の棘》!」
青白い光の矢が闇を貫き、突進してきた盗賊の足元を凍りつかせた。
数人が転倒し、背後の仲間が雪崩のようにぶつかって混乱する。
「隙あり!」
カイエンが巨拳を振るい、転倒した盗賊を地面ごと叩き飛ばした。
衝撃で土煙が舞い、周囲の盗賊たちが悲鳴を上げる。
一方、リーナは双剣を抜き、影のように敵陣へ飛び込んだ。
「はぁっ!」
鋭い斬撃が盗賊の武器を弾き飛ばし、肩口に浅い傷を刻む。
流れるような動きで二撃、三撃と重ね、敵の意識を奪った。
「ひっ……!」
盗賊の一人が怯えた声を上げた瞬間、後方から聖光が奔る。
「退け!」
ネフェリスの放った《聖なる閃光》が盗賊たちの目を焼き、眩い光に怯んだ隙を突いて、村人たちが石や木の棒を投げつけた。
――そう、今回の戦いは蓮たちだけのものではない。
彼は戦いの前に、村人たちへ呼びかけていた。
『俺たちが前に立つ。だが、みんなにもできることがある。守る気持ちを形にしてほしい。石でも、声でも構わない。背を預け合おう』
その言葉に、誰もが勇気を奮い立たせていた。
震える手でも構わない。自分たちの居場所を守るために。
◆ ◆ ◆
だが、敵もただの野盗ではなかった。
隊の中でも一際大柄な男が前に出る。粗野な笑みを浮かべ、手には大剣。
「チッ……小賢しい真似を! 俺は盗賊団〈血斧〉のバルグだ! この村は今日から俺の縄張りになる!」
吠えるように叫ぶと同時に、大剣を振り下ろした。
地面が抉れ、土煙が弾ける。
「強い……!」
リーナが後退しながら叫ぶ。
蓮は即座に前へ出た。
「相手になる」
無限アイテムボックスから鋼の盾を引き抜き、大剣の一撃を受け止める。
火花が散り、腕に重い衝撃が伝わった。
「ほう……人間にしてはやるな」
バルグが唸る。
蓮は剣を構え直し、静かに告げた。
「ここは渡さない。この村は俺たちの国の礎だ」
「国? ははは、笑わせる! 神もいない世界で、国だと?」
バルグの嗤い声が響く。
「俺たちが力で奪う、それが現実だ!」
「だからこそ――力で守る」
蓮の瞳が炎に照らされ、鋭く光った。
二人の剣が再び交錯する。
力と力の激突。火花が夜を照らす。
◆ ◆ ◆
その間、仲間たちも必死に戦っていた。
カイエンは両腕を強化し、次々と敵を薙ぎ払う。
イリスの氷魔法が敵の動きを止め、リーナが隙を突いて打ち倒す。
ネフェリスの聖光が負傷者を癒し、ノアの魔導装置が敵の武器を強制的にロックして動きを封じる。
「押してる……! このままいける!」
リーナが声を張り上げる。
だが、敵も必死だった。
「退くな! 食料は目の前だ!」
バルグの怒号が盗賊たちの士気を繋ぎ止める。
混戦の中、一本の矢が飛んだ。
標的は――村の子供。
「危ない!」
ネフェリスが飛び込み、盾で受け止める。
衝撃に倒れ込むが、必死に子供を庇った。
「ありがとう、姉ちゃん……」
震える声に、ネフェリスは微笑んで答える。
「もう大丈夫よ。怖がらないで」
◆ ◆ ◆
戦場の中心、蓮とバルグの戦いは続いていた。
大剣と片手剣。力の差は歴然だが、蓮には技と経験がある。
何より――守るべきものがある。
バルグの一撃を受け流し、足を払う。
体勢を崩したところに、蓮は剣を振り抜いた。
鋼の刃が鎧を裂き、血が飛び散る。
「ぐっ……!」
バルグがよろめいた。
蓮は剣を突きつけ、静かに言い放つ。
「ここはお前たちの縄張りじゃない。弱き者を食い物にする時代は、俺が終わらせる」
バルグは苦悶の表情を浮かべ、やがて呻いた。
「……化け物め……」
そして、仲間を残して闇に逃げ去った。
残された盗賊たちは、リーダーを失って動揺し、次々に武器を捨てて降伏する。
村に、ようやく静寂が戻った。
◆ ◆ ◆
「……勝ったの?」
震える声が広場に響いた。
蓮は剣を下ろし、頷いた。
「勝った。ここはもう、盗賊に奪わせはしない」
その言葉に、村人たちの目から涙があふれた。
歓喜と安堵の入り混じった声が夜空に広がる。
「ありがとう……ありがとう!」
「守ってくれた……!」
人々が蓮と仲間たちを囲み、感謝の言葉を叫んだ。
その輪の中で、蓮は剣を握り直す。
「これが最初の戦いだ。これからも困難は訪れるだろう。だが、俺たちは必ず乗り越える。――この村を、国を築くために」
火の粉が舞う中、誰もがその言葉に心を奪われていた。
それは絶望に沈んでいた人々にとって、新しい夜明けを告げる誓いだった。




