第三十五話 終焉の囁き〈エンド・ウィスパー〉
戦場に轟く虚神の咆哮が、天を揺るがす。
黒い霧が大地を覆い、虚骸兵の群れが無数に湧き出す。
その中心で、蓮はルアの手を掴んで離さなかった。
ルアの瞳は紅い光と金の光の間で揺れ、まるで自我が二つに引き裂かれているようだった。
「やめろ……! 僕の中に……声が……!」
ルアが苦悶の声を漏らす。
虚神の影が囁く。
「汝ハ既ニ我ノ器。抗ウ事ハ無意味ナリ。楽ニナレ、ルア。全テヲ無ニ還スガ良イ……」
その囁きは甘く、心を溶かすような響き。
ルアの身体が虚神の光に覆われ、髪が漆黒に変わりかける。
「駄目だ……このままじゃ、ルアが!」
イリスが叫ぶ。
「任せろ!」
蓮が声を張り上げた。
◆ ◆ ◆
「ルア!」
蓮はその両肩を強く掴んだ。
「お前は虚神なんかじゃない! お前は“ルア”だ! 俺たちと一緒に未来を歩む仲間だ!」
「……未来……仲間……」
ルアの瞳に、一瞬だけ金色の光が戻る。
「負けるな!」
リーナが剣を掲げ、虚骸兵を切り裂きながら叫ぶ。
「君が信じられないなら、私たちが信じる! 何度でも言う、君は“選定者”なんかじゃない、ルア自身だ!」
ネフェリスが歌声を響かせ、虚神の囁きをかき消そうとする。
その旋律は仲間たちの心を結び、ルアの震える心にも届いていった。
◆ ◆ ◆
「……僕は……僕は、本当に……僕でいられるのか……?」
ルアの問いに、蓮は即座に答えた。
「ああ! 誰が何を言おうと、お前は“ルア”だ! お前の意思が、お前を決めるんだ!」
その瞬間、虚神の影が激しくうねる。
「甘イ戯言ヲ……! 人ノ子ガ、我ラノ声ニ勝テルト思ウカ!」
虚神の黒霧が渦を巻き、ルアの身体を完全に呑み込もうとした。
◆ ◆ ◆
「蓮!」
ミストが解析機を展開する。
「虚神の干渉波を逆位相で中和できる! でも、ルア本人の意思が必要!」
「ルア!」
蓮は必死に呼びかけた。
「お前の中にある光を信じろ! お前は“破壊”じゃなく、“創造”を選べ!」
ルアの身体が震え、やがて両手を広げる。
胸の奥から金色の光が溢れ出し、虚神の黒い霧を押し返した。
「僕は……僕は……無に帰すために生まれたんじゃない!
未来を選ぶために、ここにいるんだ!」
◆ ◆ ◆
その言葉と共に、ルアの背から白銀の翼が広がった。
虚神の囁きが悲鳴を上げ、黒い霧が後退する。
「馬鹿ナ……器ガ、我ヲ拒ム……!?」
「そうだ!」
蓮が剣を掲げ、仲間たちと共に叫ぶ。
「ルアはお前の器じゃない! 俺たちの仲間だ!」
イリス、リーナ、シャム、マリル、カイエン、ネフェリス、ノア――皆の力が集まり、光の奔流となって虚神を貫いた。
虚骸兵たちが一斉に崩れ落ち、戦場に静寂が訪れる。
◆ ◆ ◆
「……ありがとう、蓮。みんな……」
ルアの声は穏やかで、だがまだ震えていた。
「僕は、危うく全部を壊すところだった。でも……君たちが引き戻してくれた」
「当然だろ」
蓮が笑みを返す。
「仲間を見捨てるわけがない」
ルアの瞳に、ようやく確かな金色の光が宿った。
だが――虚神は完全には滅んでいなかった。
黒い残滓が天へと舞い上がり、不気味な声を残す。
「終焉ハ避ケラレヌ……次ノ門ハ既ニ開カレタ……」
その言葉を最後に、影は霧散した。
◆ ◆ ◆
戦いの後、蓮たちは重い息をついた。
「次の門……?」
リーナが眉をひそめる。
「虚神はまだ終わってない……」
イリスが小さく呟く。
ルアは胸に手を当て、仲間たちを見渡した。
「僕の中に、まだ“影”は残ってる。でも……一人じゃない。君たちと一緒に進めるなら、僕は未来を選べる」
蓮は力強く頷いた。
「そうだ。共に戦おう、ルア」
こうして、仲間に新たな絆が結ばれた。
だが同時に、“次なる門”という不吉な予兆が残されていた――。




