第二話 最初の土と水
翌朝――。
灰色の空は相変わらず厚い雲に覆われていたが、村には昨日までにはなかった活気が芽生えていた。
蓮は村の広場に立ち、無限アイテムボックスから数種類の種子と工具を取り出していく。
穀物、豆類、根菜……彼の世界で馴染みの深いものばかりだ。
「これが、俺たちの第一歩になる」
村人たちは驚きと期待の入り混じった目でそれを見つめていた。
だが同時に、不安の声も漏れる。
「この土地じゃ……作物は育たない」
「何度も耕そうとしたが、枯れるばかりだ」
それは、村人たちが長年苦しんできた現実だった。
だが蓮は頷き、振り返って仲間に声をかける。
「カイエン、頼む」
「ああ、任せろ!」
カイエンが土魔法を発動すると、大地が柔らかく盛り上がり、表層に眠っていた石や枯れ根が浮かび上がっていく。
次いでネフェリスが両手をかざし、浄化の魔法をかけた。
濁った土色が、少しずつ生命の気配を取り戻していく。
「……これなら、いけそうだ」
リーナが感嘆の声を漏らした。
村人たちがざわめき始める。
彼らの瞳には、久しく見なかった希望の色が灯っていた。
さらに蓮は、アイテムボックスから透明な瓶を取り出した。
それは、前の世界で精製した〈水脈探知薬〉だ。
「これを使えば、水脈の在りかがわかる」
液体を大地に垂らすと、微かな蒸気が立ちのぼり、光の筋が地下へと走った。
その先を辿ると、岩場の隙間から水が滲み出す。
「おお……!」
「水が……!」
歓声が上がる。
村人たちは駆け寄り、手を合わせて涙を流した。
「これで、作物が育てられる……」
「神がいなくても、水は掘れるんだ……」
その言葉に、蓮は心の中で静かに頷いた。
――神に頼らずとも、人の手で未来は拓ける。
◆ ◆ ◆
その日の午後。
畑づくりに汗を流す村人たちを見守りながら、蓮と仲間たちは焚き火を囲んでいた。
「想像以上に、みんな動けるね」
リーナが嬉しそうに笑う。
「昨日までは死んだような目をしてたのに」
「生きる糧があると知った瞬間、人は変わる。……それは前の国づくりでも痛感したことだ」
蓮は木の枝を火に投げ入れながら言った。
だが、楽観はできない。
イリスは険しい表情を崩さずにいた。
「蓮。村人たちの話を聞いたわ。周辺には盗賊団が跋扈しているらしい」
「盗賊……」
カイエンが眉をひそめる。
「神の加護が失われたこの世界では、法も秩序も崩壊している。力を持つ者が弱者を搾取する、それが常態化しているらしい」
リーナが拳を握る。
「つまり、食料を取り戻しても、すぐに狙われるってことね」
蓮はしばし黙考した後、決意を込めて頷いた。
「ならば、この村を守る仕組みを作らなければならない」
ノアが魔導装置を操作し、周辺地図を映し出す。
「村の西に旧文明の遺構があるみたいです。そこを利用して防衛拠点にすれば……」
「だが、まずは戦力を整えねばな」
カイエンが唸る。
蓮は微笑んだ。
「幸い、俺には“無限アイテムボックス”がある。武器、防具、建材……最低限のものは供給できる」
「でも、それを渡すだけじゃ……」
リーナが不安げに言葉を濁す。
「わかってる。だから、戦い方も教える」
蓮は断言した。
「ただ守るだけじゃ、この先やっていけない。この村を核に、人が生きる秩序を築く。そのための力を持ってもらう」
仲間たちは頷いた。
その視線の奥に、かつての建国を共にした絆が確かに宿っていた。
◆ ◆ ◆
夜――。
村の周囲は不気味な静寂に包まれていた。
焚き火の火を見つめる蓮の耳に、微かな物音が届いた。
「……来たか」
影のように現れたのは、粗末な革鎧を着た男たち。
十数人。
手には刃こぼれした剣や棍棒を持ち、獣じみた目で村を見回している。
「やっぱり、噂通り……」
リーナが息を呑む。
盗賊たちは、村に備蓄された食料を嗅ぎつけてやってきたのだ。
だが蓮は、静かに立ち上がった。
「――ここは、俺たちが守る」
そう告げた瞬間、仲間たちが背を並べた。
イリスの瞳が闇を貫き、カイエンの拳が力を帯びる。
ネフェリスが聖なる光を掌に宿し、ノアの装置が淡く光る。
そして蓮は、無限アイテムボックスから一振りの剣を引き抜いた。
鋼の刃が炎に照らされ、夜気を震わせる。
「ここから始めよう。俺たちの“建国”を――」
盗賊たちが獣のような咆哮を上げ、一斉に襲いかかってきた。
その瞬間、村の再生を賭けた最初の戦いが幕を開けた。




