第十八話 勝利と代償
赤鱗軍の退却から一夜が明けた黎明国。
戦場にはまだ焦げた匂いと血の残り香が漂っていたが、空は澄み渡り、朝陽が大地を照らしていた。
「……本当に、勝ったんだな」
城壁の上で、リーナが呟いた。
眼下に広がる光景は、かつて恐怖と混乱に支配されていたものとは違う。
今は勝利の余韻が、兵士と民に希望を与えていた。
「勝ちはしたけど……代償は大きい」
隣に立つイリスが、冷静に告げる。
負傷兵の列、治療に奔走する医療班、瓦礫と化した建物――。
勝利の代わりに、確かに痛みが残されていた。
◆ ◆ ◆
黎明城の広間には、戦いを終えた主要メンバーが集められていた。
「まず報告する」
カイエンが立ち上がり、地図を広げる。
「死者十二名、重傷者三十七名、軽傷者は百を超える。民間の被害も出ているが、最悪の事態は避けられた」
「……十二名か」
蓮は静かに目を閉じた。
たった十二名――そう言えるかもしれない。
だが、彼ら一人ひとりに家族があり、仲間があった。その重みを無視することはできない。
「帝国との戦いは、これからさらに激しくなるはずです」
ミストが冷静な口調で続ける。
「赤鱗軍の将ヴァルドを倒したことは大きな戦果ですが、同時に帝国を本気にさせる要因にもなる」
「そうだな……」
蓮は机に手を置き、仲間たちを見渡した。
「俺たちは勝った。でも、それは“黎明国が立ち上がった”ことを示したにすぎない。帝国は次に、もっと大きな軍を動かしてくるだろう」
重苦しい空気が流れる。
しかし、その空気を切り裂くように、ネフェリスが口を開いた。
「でも! あたしたちは勝ったんだよ! 民のみんなも、それを見てる! この国が戦える国なんだって証明できたんだ!」
無邪気な笑顔と強い言葉。
場に少しだけ光が差したようだった。
「その通りだ」
ノアが頷き、補足する。
「代償はあったが、この勝利は民の心をひとつにした。今、黎明国は“恐怖の国”ではなく、“希望の国”へと変わり始めている」
◆ ◆ ◆
会議が終わった後、蓮は戦没者の墓地へ向かった。
小高い丘の上に並ぶ新しい墓標。
そこに、既に多くの民が花を手向け、祈りを捧げていた。
「……すまない」
蓮は墓標の前に立ち、深く頭を下げた。
「俺の力が足りなかった。もっと強ければ、救えた命があったはずだ」
「蓮」
背後から声がした。振り返ると、リーナが立っていた。
「あなたのせいじゃない。戦場で命が失われるのは、避けられないこと」
「でも――」
「でも、あなたがいたから、この国は守られた。民は未来を信じられるようになった。……だから、背負って」
リーナは蓮の手を取り、真剣な眼差しを向けた。
「彼らの死を無駄にしないためにも、あなたは前を向き続けるしかない」
蓮はしばし黙し、そして小さく頷いた。
「……ありがとう、リーナ。必ず、この国をもっと強くしてみせる」
◆ ◆ ◆
その日の夜。
広場では、戦勝を祝う祭が行われていた。
焚き火が燃え上がり、音楽が響き、人々が踊る。
悲しみを抱えながらも、それでも前を向こうとする強さが、黎明国を包み込んでいた。
蓮は人々の輪の外で、その光景を眺めていた。
隣にはイリスがいる。
「……こうして笑っている顔を見ると、救われるな」
「そうね」
イリスは静かに頷いた。
「でも、それだけでは終わらない。帝国は必ず、次の一手を打ってくる」
「わかってる」
蓮は夜空を見上げる。
無数の星々が輝いていた。
「だからこそ、俺たちはもっと強くなる。この国を、誰にも壊させないために」
その瞳には、決意の光が宿っていた。
◆ ◆ ◆
一方その頃、帝国本国。
赤鱗軍敗北の報がもたらされ、玉座の間に怒号が響いていた。
「ヴァルドが敗れた……だと?」
帝国皇帝が冷たい声で呟く。
「はっ。信じがたいことですが、確かに……黎明国の者どもが勝利を収めた模様です」
進言する官吏の声は震えていた。
皇帝はしばし沈黙し、やがて不気味に笑った。
「面白い。ならば次は――我が“黒炎将軍”を送ろう」
その名を聞いた者たちは、皆顔色を失った。
帝国最強と謳われる戦将が、ついに動き出そうとしていた。




